N.Y.Cityのまちかど

The Lost Representation

『「失われていい表現」なんてない。 そしてそれ故に―難しい。』
書評と書評の書評

はじめに

書誌情報にも書きましたが、2010年12月29日、冬コミ(C79)でコピー誌を出しました。

タイトル
『「失われていい表現」なんてない。 そしてそれ故に―難しい。』
著者名
N.Y.City
形態
コピー誌、B6中綴じ製本
発行年月日
2010年12月29日
価格
\100

これについて、12月30日に、知人の@s_miraiさんがTwitterであらすじと書評を書いてくれましたので紹介します。

また、それに対する私からの「書評の書評」も合わせて紹介します。

ログ

s_miraiさんによる「書評」

  • さて、冬コミで @nycity1022 さんの小説『「失われていい表現なんてない。そしてそれ故に―難しい』を買って読みました。ご本人から許諾をいただきましたので、あらすじ紹介をしながら感想を述べたいと思います。
  • なお、あらすじに間違いなどあるかもしれませんし、ご本人の意図しない誤読もあるかもしれませんが、その点はご指摘いただくか、僕がそのように読んだものとご容赦下さいませ。また、僕は実は「キノの旅」を読んだことがない(今回改めて読みたくなりました)ので、その点ご容赦下さい。
  • さて、本作は二部構成になっており、第一部ではキノが「新宿」という国に訪れます。「新宿」は豊かな街ですが、入国の際に拳銃を取り上げる、ナイフを持って外出は禁止、安全のために誰がいなくとも交通ルールを遵守しなければならないという、キノにとっては非常にいづらい街として設定されています。
  • その理由は、子どもを守るためだと言明されています。子どもを守るために、それこそ温室のような、行き過ぎた愛情が注がれているわけです。そんな折に、「知事」なる人物(この人物が嫌な人で、これは本作の一つの見所だと思いますw)が表れ、国の発展のためにキノの話が聞きたいと言います。
  • キノはそれに応えるのですが、「知事」は、自分たちがいかに子どもを守っているかということを延々と説くだけです。そんな「知事」に、キノは次のようにアドバイスします。
  • 「優秀な子ども達に聞いてみてください。『あなたが愚かだと思う大人を思いつくだけ列挙しなさい。あなたが人生の先輩と思いたくないようなひどい大人を、何人でも。』[後略]」そうしてキノは「新宿」から去っていきます。これが第一部のあらましです。
  • 舞台は代わって第二部、犬の視点から、その犬を連れた旅人たちが、キノの話を聞いてか「新宿」を訪れる話になります。訪れた「新宿」はキノの言うような、大人が「子どもを守る」名目で仕切る街ではなく、若い人々が自治する街に変わっていました。
  • 入国審査官に聞いたところ、どうやら結局キノのアドバイスは実行されたらしく、子ども達が自分の判断で大人たちを本当に排除してしまい、子ども達の自治の街が出来上がったと。ここだけ見ると、子ども達の自発的な判断力、主体性を重視してユートピアが出来上がりハッピーエンドではありますが……。
  • 最後の最後、「シズ」は「理想論だよ」「でも、情熱は伝わった」、そして「ティー」は「そうか、こどもはつよいのだな。じゃあ、ばくだんをつかえればもっとつよいのだな。」と、それぞれ述べたところでオチがついて小説は終わります。このシーン、僕は素直に凄いと思いました。
  • あらすじが長くなってしまいましたが、あとがきによれば本作は「「東京都青少年健全育成条例改正案」に反対する目的」で書かれたようで、なるほど子ども達の主体性・自主性・判断力の強さと、それを抑圧していた愚かな大人たちを書くことによって、それは成功しているように思います。
  • ところが、作者さんが「私の本心」という、「そしてそれ故に―難しい」というのを表したのが、おそらく最後のティーの台詞なのだと思います。爆弾があればもっと強いということを、子どもを思わせる純粋さと、ひらがなの台詞回しを持ったキャラに表現させること。
  • もちろんティーが本心でそう言っているかはわかりませんが、子どもの純粋さというものが暴走することもあるのではないか、そういう風に受け取りました。子どもは自分で判断できる、だから「失われていい表現なんてない」。だけど暴走する可能性があるがゆえに、「そしてそれ故に―難しい」。
  • 僕は例の条例についてそれほど熱心に勉強したわけではないのですが、反対派の一部の人が、「失われていい表現なんてない」の側だけで戦っているような気がしていました。そこに作者さんが投げかけたのは、「それ故に難しい」というメッセージ。
  • 単純に子どもの自主性を尊重しよう、表現の自由を守ろう、というだけではなく、想像力の行き過ぎも考えられるし、現実はそうはいかない、だからもっと違ったアプローチや考え方が必要なのではないか――多分本作が教えてくれるのは、そういう「立ち止まる」ことだと思っています。
  • これはおそらくほぼ強行に可決されてしまった件の条例についても言えますし、それについて通用するかどうかわからないが、反対を訴えている人たち(僕はもちろん、そういった人たちを尊重します)にも当てはまるのではないでしょうか。
  • もちろん、当事者(受容者としての子ども・表現者としてのクリエイター)抜きの条例に待ったをかけるのが大きな目的だとは思うんですが、それだけじゃない。「だけど難しい」ではなくて、「それ故に難しい」というメッセージについて、立ち止まって考える必要を感じる、そういう一冊でした。

返答としての「書評の書評」

  • では許諾を頂いたので、拙著(といっても同人ですが)『「失われていい表現なんてない。そしてそれ故に―難しい』のあらすじと書評を、文学研究者である@s_mirai 氏が書いて下さいました。作者と評論者は分離されているべき、という考え方があるのは承知の上で、あえて「書評の書評」に挑戦。
  • まず前提として、@s_miraiさんは原作「キノの旅」を未読とのことですが、あらすじの解釈は概ね問題ありません。ちょっと誤解がありそうだったのは「ティー」は原作でも手榴弾・爆弾好きという公式設定があります。原作を知っている方のために補足すると、氏の言う「犬」は「陸」のことです。
  • 「知事」なる人物(この人物が嫌な人で、これは本作の一つの見所だと思いますw) という評には、おもわず大爆笑でした。狙い通りと言いましょうか。あの嫌味っぷりを表現するのは難しかった所です。
  • 健全育成条例改正案反対、という目的も成功していると評して頂き、ほっとしています。そこが誤って伝わってしまっては、元も子もないですからね。まさにメインタイトルの部分「「失われていい表現」なんてない」という所です。
  • 私がこの作品で言いたかったのは、子どもだって自律して考え行動する力はあるということです。「臭いものに蓋」的発想は一見良い事をしているように見えますが、万が一底から漏れ出しているのを子どもが見つけても、「私は蓋をしたはずだ、そんなはずはない」という大人の逃げ口上にもなりかねない。
  • 大切なのは、見せたくないものを隠す事ではなく、むしろ子どもと共に考えることです。知らないものについては語れませんし、考えられません。大人は子どもを護って良い気分かもしれませんが、「知る機会」「考える機会」を奪われた子どもは悲劇です。
  • 強姦はいけないことです。しかしそれは、「法律が決めているから」ではなく「それで傷つく人がいるから」です。私は小学生の時、夏休みの自由研究で堕胎について調べようとした事があります。命を作るという生命の神秘に興味を持つと同時に、他人が外からそれを摘み取る行為に興味があったからです。
  • 図書館で本を漁って調べ、さすがにこれは提出してはまずそうだと思ってやめましたが、すごい衝撃でした。母体への負担が大きい(今思うとちょっと読んだ本が古かったということもありますが)。にもかかわらず、堕胎しなくてはいけない人が沢山いることについて、考えさせられました。
  • そういう事を思えば、おのずと「強姦」がいけないことが理解できます。見ず知らずの人にそういうリスクを負わせる行為ですから、心から納得できます。少なくとも私は、子どもの時にそういうことを考えることができました。ちゃんと子どもにだって理解する能力はあります。
  • しかし、その子どもがした理解が「正しい」とは限らない。「堕胎の技術があるから、妊娠しちゃってもなんとかなる」と理解してしまっては元も子もないわけです。子どもを信頼するといって単に放任すれば、そういう誤った認識が定着しかねない。そこは「大人」が是正する必要がある。
  • まさに、サブタイトル「それ故に―難しい。」の部分です。子どもを信頼し、かつ適度に子どもを信頼しない(大人が監視する)必要がある。@s_mirai さんの言う「立ち止まる」べきポイントだと思います。今回の改正はあまりにも子どもを信じず、あまりにも立ち止まらなかった。
  • もっと言えば、子どもと対話し、考えるという営みが確実に実行されるという前提があれば、成人向け作品は18禁ではなく15禁くらいに引き下げても良いとさえ思います。一番性に興味のある時期に、こそこそと変な知識を身につけるより、堂々と考える場があっても良い。極論かもしれませんが。
  • そういう微妙な問題を、もっと沢山の人に考えて欲しいと考えています。@s_miraiさんの書評は私の意図を的確にとらえて下さいましたし、むしろ私自身この書評をみて、自分の内面にはっと気づかせてくれる部分もありました。この短時間にここまで読みこんで下さって感謝します。
  • 以上、とっちらかった文章ですが「書評の書評」でした。この発言を見て読みたくなった方、明日東テ-10aでも委託販売します。知人のサークル(しかもあまり人様に言えないジャンル)のスペースですが、諸事情につき今回は私のコピー誌のみ販売の予定です。

その後の会話

s_mirai
  • 以上公式RTさせていただいたのは、昨日コミケで買った @nycity1022 さんの小説『「失われていい表現」なんてない。 そしてそれ故に―難しい。」の、僕の書評ツイートに対する、 @nycity1022 さんからの「書評の書評」でした。丁寧なご回答に感謝いたします。
N.Y.City
  • .@s_miraiさん、ありがとうございます。途中で予想外の方向に筆が滑って行ってまとめるのに苦労しました。堕胎の話とか、最初は書く予定なかったんですけどw うまくまとまってくれました。
  • あ、@s_miraiさんとの会話を見て、難しい本と思う人もいるかもしれません。難しい事を考えなくても、純粋に「校長の異常さ」「知事の嫌味」を楽しんで読んでもらっても良いですよ。そこを「楽しめる」人は私の意図する「健全育成条例問題」について考える素地が十分にある人だと思います。
s_mirai
  • 爆弾ネタについては、ラノベ的なネタだということを理解しながらも、あえて暴走の比喩として使わせていただきましたw 子どもの自主性の尊重、しかし大人の是正も必要、条例に関しては立ち止まるべきだった、という意見が概ね一致したようで、とても嬉しく思います。
  • ここで一言つけ加えておくと、僕は実はゾーニング・住み分けによって争いを避けようという、なぁなぁな面があるので(表現規制には反対ですが)、対話による解決が上手くいくとは素直には思わないわけですが、それを推し進めようという @nycity1022 さんの考え方には共感できます。
  • ただ、僕の乱暴な書評に対して @nycity1022 さんが応答・対話してくださったことに関しては、深く感謝を申し上げます。もし興味をお持ちになられた方は、明日も東テ-10aで委託再販されるそうですから、是非ともお手に取って、読んでみてください。
N.Y.City
  • こちらこそ@s_miraiさんには感謝です。ゾーニングというのも微妙な処置なんですよね。もうぶっちゃけてしまうと、ロリマンガみたいなアブノーマル作品って、むしろ結構文学的で素敵な作品あったりするんですよ。18禁というだけでこれを手に取る人が減るのはもったいない!っていうくらい。

【以上】


現在ご覧のページの最終更新日時は2015/03/15 01:02:35です。

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