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HIJITSUZAI - nonbeing juvenile

「非実在青少年」規制を考える

この原稿を書いている2010年3月17日現在、インターネットを中心に、 新聞、TV等のメディアが「非実在青少年規制」について取り上げている。

事態の詳細な解説は他のメディアに譲る*1として、この件について思う所をざっくばらんに列挙しておく。結論を先にまとめておけば、色々な意味でこの規制はあまりにずさん、無意味どころか多くの弊害を持ち、到底賛同できるものではない。

「表現の自由」はいずこへ?「民主主義政治」はいずこへ?

  • きわめて単純に言って、日本国内における全ての法令の頂点たる「日本国憲法」に定められた内容をみだりに侵す法令はあってはならない。
    • 青少年育成条例は明らかに憲法で示された「表現の自由」や「思想の自由」を侵しうる法令である。
    • だからといって性急に「この法令はだめだ」と言うつもりはないが、ある年齢以上でないと販売できない、販売エリアを限定(ゾーニング)すると言った規定はともかく、「創作を妨げる」ような物に関しては、十分な注意が必要であることは明白であろう。
  • 今回の青少年健全育成条例の改正は水面下で進められ、一歩間違えば発案者である自民党議員以外まったく状況を知らず、準備もできずの状態で可決に持ち込まれる可能性がある状態だった。内容の是非を脇に置いておいたとしても、十分な審議も合意もなく進めるにはあまりにも無理がある法令であることを念頭に置いておかなくてはならない。

創作物に対する「児童ポルノ」規定、「非実在青少年」概念への疑問

  • 児童ポルノに対する規制は、「児童ポルノの制作・流通過程で発生する性犯罪被害者をなくすため」とされている。しかしマンガ、アニメといった創作物である人格に対してはその実態がないのだから、創作された人物に対する規制(準児童ポルノ)をこのロジックで説明することはできない。
    • 故に、国レベルでの「児童ポルノ禁止法」からはひとまず除外された。
  • 「非実在青少年」という用語は今回の条例の中に初出する造語である。一見もっともらしい用語として定義されているが、実態は「児童ポルノ禁止法」でカバーしようとしていた「創作された人物」と何ら変わりなく、やはり性犯罪被害者抑止というロジックは当てはまらない。
  • (これは確か法政大学の白田先生がどこかで言っていたことと記憶しているが)運用上の問題として、「このキャラクターが18歳未満であるか否か」をいかにして客観的に行うのか、という大きな問題が付きまとう。
    • (17歳+364日)と(18歳+0日)を客観的に区別する方法はあるのか?
    • 総じて日本人は欧米人から見ると若く見られがちであると言われる。幼さというのは判断する人によって大きなバラつきが生じる。客観的に判断できない事項を根拠に規制対象を決めると言うことは、恣意的な規制が容易にできることも意味する。
  • 運用ポリシーによって、「マンガ作品全て規制」か「ほとんど規制なし」の状態にしかならないのでは?
    • 「怪しげなものは全て規制」という考え方で運用されれば、あらゆる作品が規制対象となろう。完全に規制をくぐり抜ける作品というものを見てみたい。おそらく現在流通している作品群の相当偏った一部分しか残らないだろう。
    • 逆に「疑わしきは罰せず」ならば、おそらくほとんどの作品を規制することはできない。規制できる作品はほとんど、もうすでに現行の規制である程度制限されている作品に限られるだろう。

「臭いものには蓋」的発想を止めろ!

  • 常々思う事だが、何でもかんでも「臭いものには蓋」という発想は止めてもらいたい。
    • もちろん、蓋をしなければならないような「臭いもの」が存在することは否定しない。
  • 臭いものに蓋をして見えなくするのではなく、臭いものの扱い方を教えなくてはならない。
    • 「小学校への携帯持ち込み禁止」騒動の時などにも思ったが、情報源やモノが増殖し、あふれかえる時代においては「身の回りにあるモノや情報をどう使いこなすか」というリテラシー能力が極めて重要になる。
    • リテラシー能力を身につけることは、まず「臭いもの」があることを知らなくてはならない。その上でそれをどう扱うのかを考え、実践させなくてはならない。
  • 今回の非実在青少年規制も同じことが言える。確かに過激な性表現を好まない人もいるかもしれない。ひょっとするとそれに悪影響を及ぼされる人もいるかもしれない(これは大いに疑問だが、仮定は仮定ということにしておく)。しかし、それが含まれているからといって「その作品全てをなかったことにして良いのか?」性表現に起因する悪影響を上回ってありあまる芸術的表現が存在するとしたら?あるいは性表現を含めることでしか描き得ないテクストがあるとしたら?

医療的見地から

私は医者ではないので、医学的な正確さについては保証しかねます。自分の持っている知識の範囲で書いていますのでご承知ください。
  • アメリカ精神医学会の制定する現行の精神病診断基準 DSM-IV の考え方によれば、性愛の対象はかなり拡張されています。
    • 性嗜好異常という概念はもちろんありますが、偏った趣味を持っているだけでは異常とは見なされません。長期的に、本人や周囲に苦痛や弊害を与えている状態になってはじめて診断対象となります。一概に「小さい子が好きだからペドフィリア」などと簡単に決められるものではありません。
    • 都の方針ではいわゆる「BL」などの同性愛を扱った作品についても不健全として規制の対象に含めようとしているようですが、DSM-IVにおいて、同性愛は完全に「正常な性嗜好」とみなされています。
  • 趣味ではなく、一種のハンディキャップ*2として、現実の異性(時には同性も含む)と話せない、顔を見れない、といった人もいます。しかしそうであることと、性欲を持たないこととは別問題であり、そのような人たちにとって、マンガやアニメがQoL*3を維持する拠り所となっている可能性もあります。

*1例えばITMedia News 漫画・アニメの「非実在青少年」も対象に 東京都の青少年健全育成条例改正案など

*2障害という言葉はできるだけ使いたくないのでこう表記します

*3Quality of Life:生活の質


現在ご覧のページの最終更新日時は2015/03/15 00:45:02です。

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