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Economics with Wolf and Spices

「狼と香辛料で学ぶ経済学」ということで、ライトノベル「狼と香辛料」の経済学解説に挑戦。

なお、あらかじめ断わっておきますが、私は経済学が専門なわけでもなんでもありませんので、間違いがある可能性もあります。お気づきになった点については、ご指導いただければ幸いです。

気まぐれに書き進み次第、更新、追加の予定。

第1巻

商人とはなにか[p.17]

狼と香辛料の主人公ロレンスの職業は行商人です。 特定の店舗を持たず、荷馬車等を利用して移動しながら商いをする商人が行商人ですが、ではそもそも商人とはなんなのでしょうか。

大雑把にいって、商人とは「手持ちの商品を引き渡し、その対価を受け取る」事を仕事とする人を指します。現在でも、商店を経営する人などは勿論商人ですが、実はそれ以外にも、商人は身の回りにゴロゴロしていることはあまり知られていません。

現在では、国内のすべての商人が守るべき法律として「商法」があります。意外なことにこの商法は、いわゆるサラリーマンも守る義務があるのです。 その職種に関わらず、法律上一般にサラリーマンと呼ばれる人は皆商人という扱いを受けます。サラリーマンは自らが持つ「マンパワー」を会社に引き渡し、給料という形で対価を得る商人と見なされるためです。

先物買い(先物取引)[p.24][p.113]

本編では「先物買い」と出ていますが、買う人がいれば当然売る人もいるので、見出しとしては「先物取引」が適当です。

単純に言えば、先物買いとは「決済日にある値段で商品を買う契約をすること」と言えます。逆の立場から見た先物売りは「決済日にある値段で商品を売る契約をすること」です。契約の時点で売買価格を決めてしまうところがポイントになります。(そうしないと単なる商品予約になってしまう) これは、後述する「信用取引」に似ていますが、「先物取引」は契約を結んだ時点でなんの金品のやりとりをしません(実際には補償金としていくらかを支払うことはある)。

先物取引は、価格が日々大きく変動する商品を扱う者が、その価格変動によって損をしないための手段(リスクヘッジ)として考案されました。 例えば、毎年特定の畑から一定量の麦を購入してパンを作るパン屋がいたとします。麦の値段が常に一定であれば、パン屋は安泰ですが、実際には麦の値段は変動します。もしも麦の価格が急騰した場合、パン屋は一定量の麦を仕入れるのに例年以上の金額を支払う必要があります。 そこで、先物取引として麦を購入する数か月前に、「麦を引き取る量とその価格」を先に決め、畑の持ち主と契約してしまいます。こうすることで、パン屋は麦の仕入れ価格を固定することができ、安心できます。 一方で畑の持ち主にとっても、契約以降は麦価格の変動にかかわらず将来の収入が確定するので、安心できます。

このようにリスクヘッジの方法として考案された先物取引ですが、仮に契約を済ませた後で麦価格が急騰した場合、畑の持ち主はその急騰によって本来得られたであろう利益を得られずに、結果的に損をしてしまいます。逆にパン屋は、本来もっと高額で買うはめになったであろう麦を格安で買うことができ、結果的には得をします。 この特徴を積極的に利用し、先物取引と価格変動を組み合わせて差額の利益を狙う投資として機能させることもできます。

リンゴの先物買いによる投資の例が1巻113ページに登場しています。 投資家が、リンゴの市場価格が今後上昇すると予想したとしましょう。秋に収穫されるであろうリンゴに投資する目的で、先物取引を行います。仮に契約時点での相場がリンゴ1ケースを1トレニー銀貨だとし、その価格で1ケース購入する契約を結んだと仮定します。そして、予想通り価格が上昇して、決済日での市場価格が1ケースあたり2トレニー銀貨であれば(こんな急騰はありえないとは思いますが...)、投資家は1トレニー銀貨の支払で、2トレニー銀貨分のリンゴを手にすることができます。もっとも、純粋な投資家が本当にリンゴを手にしても扱いに困ってしまいます。(7巻でリンゴに苦心するホロのように...)ですので普通は決済日の前にその契約そのものを売却してしまいます。相場が徐々に上昇し、リンゴの市場価格が1ケース当たり1.5トレニー銀貨となった時点で、リンゴを求めるケーキ屋さんに契約を売却すると、投資家はリンゴを受け取る契約を失う代わりに1.5トレニー銀貨を受け取ることができます。契約を買ったケーキ屋さんは、相場が上がるのを今か今かと待つことで、格安でリンゴを仕入れることができるわけです。(そういう意味では、このケーキ屋さんもまた先物取引に投資した投資家と言えます。契約を買った後で相場が急落すれば、大損になってしまいますから。)

1巻24ページでは、ロレンスの『良く育った麦だ。先物買いをした連中はほっと胸をなでおろしていることだろう』とあります。 麦が良く育っているということは商品価値が上がり、あわせて商品価格も上がる事を意味します。従って、先物取引をした者(先の例でいうパン屋)は、損をせず(むしろお得に)麦を購入できます。ロレンスのセリフはそういう意味でしょう。(豊作すぎて価格が下がることも考えられますが、畑単位の契約であれば、大豊作といってもたかがしれていますから、その心配はしなくても良いでしょう。) パン屋がお得に麦を仕入れられるということは、畑の持ち主は損をすることになります。しかしそれは麦価格の変動による不確定要素と、先物取引によるリスクヘッジの効果を天秤にかけ、納得した上で契約しているはずですから、問題にはなりません、(先物取引が脅迫によるむちゃくちゃな取引だったり、市場の意図的な操作による価格上昇なら話は別ですが...)

領主と税[p.27]

「狼と香辛料」では、明確な時代設定が提示されていませんが、著者である支倉さんへの言葉や、本編中に伯爵という存在があちこちに見られることから、社会は中世封建制にあると言って間違いないでしょう。

中世封建制度の場合、土地はすべてその土地を納める領主のものです。土地に住まう者は農奴(のうど)として、その土地を耕し、作物を作る義務があります。そのため、領主の許可なくその土地を離れる(つまり作物を作る義務を放棄する)ことはできません。その代わり、戦になれば領主は農奴を守る義務があります。

領主は、作物、あるいは作物を売却した収益の一部を農奴から税金として徴収します。この税金の役割に関しては、フランスのケネーという経済学者が『経済表』という理論で解き明かしています。 今、領主の管理する土地に、農民(麦を作る)と商工業者(たとえばケーキ屋と農具屋)がいるとします。農民は育てた麦を売ることで収益(現金)を得ます。また、自分で食べる分の麦は自分で作った麦の一部を備蓄すれば済みます。 ケーキ屋は、ケーキを作るための麦を農家から買います。また、ケーキ屋自身が食べるための麦も、農家から買います。 領主は自分が食べるための麦を農家から買います。また、ケーキをケーキ屋から買います。(ケーキは贅沢品なので、領主しか食べられません。) 以上を1フェーズ(たとえば1年)のお金の移動とし、その経路をたどっていくと、最終的に農家の手元に多くの現金がたまることになります。このままではバランスが取れないので、必要以上に多く農家の手元に残ったお金は税として領主が(無条件に)徴収します。すると全体でお金のバランスがとれ、また次のフェーズも同じように商品とお金の取引を続けることができます。

売掛債権[p.29]

これは、経済学というよりは簿記の知識になります。

売掛債権は掛け売りとも言い、簡単に言えば「ツケ」です。売掛の反対は買掛(掛け買い)と言います。 物を売買するためには、必ず商品と、それに見合った現金を交換するのが基本になります。売掛は本来支払われるべき現金を受け取らずに、とりあえず商品だけを引き渡します。 買掛は逆に、本来支払うべき現金を払わずに商品を受け取ることを指します。

現在の商業簿記では、資産と負債の関係性により、常に貸借のバランスがとれているように記録をつける「複式簿記」と呼ばれる方法で会計処理を行います。 通常の取引であれば、「商品という資産が目減りする代わりに現金という資産が増える」という記録を行い、トータルの資産は変動していないと考えます。 しかし、ツケでものを売った場合は、商品という資産が目減りしたのに現金は入ってきません。(将来的には入ってくるものかもしれませんが、簿記は必ず「今この瞬間」の資産状態を問題にします。)そこで、現金が入ってこない代わりに将来現金として補填される債権「売掛金」が手に入ったとして帳簿に記録します。 逆に、ツケでものを買った場合は、商品という資産が増えたのに、現金は減りません。そこで、現金が減らない代わりに「買掛金」という負債が増えた、とみなして帳簿に記録します。

勿論それだけでは単なる口約束になってしまうため、掛けを行った場合はその旨を記載した「手形」が発行されます。

為替[p.80,81]

広義には、「現金以外の決済方法で決済を行う」事全般を指します。 遠距離の取引で現金をやりとりしたくない場合に用いられます。

本編の例を見てみましょう。これは掛売、掛買の応用です。 「私がヨーレンツで塩を買った際、そこでお金は払いません。私は別の町にあるその塩を買った先の商会の支店にほぼ同額の麦を売っていたからです。私はその支店から麦の代金を受け取らない代わりに塩の代金を払いません。」

まず、ロレンスは麦を売っています。この時、ロレンスは麦の代金を受け取りませんでした。これはロレンスから見れば売掛に当たり、買った商会から見れば買掛にあたります。 その後、別の町でロレンスは塩を買っています。塩を買った商会は、過去に麦を売った商会の系列店です。そこで、ロレンスは、商会が持つ「麦の買掛金」という負債をチャラにする代わりに、同額の塩を受け取ったわけです。ロレンスが麦を売った商会と塩を買った商会は違う場所にありますが同じ系列にあるため、後は両者で連絡をとりあって互いの帳簿から買掛金と売掛金を相殺すれば話が済みます。

本来であれば、ロレンスは麦を売った代金を現金で受け取り、塩を買う時にはその現金を差し出して塩を購入します。しかしそれはあまりにも危険が大きい話です。いつ強盗に襲われるかもわからず、場合によってはどこかに落してしまう可能性だってあります。 ロレンスは現金を自らの手で輸送する危険を回避するため、売掛と買掛の相殺をさせることで現金を使わずに麦の売りと塩の購入という二つの取引を決済したことになります。

現在、単に為替という場合は、円とドルを中心とする外貨取引を指すことが多いですが、これは正確には「外国為替」と言います。(逆は内国為替) これは、外貨の取引を行う際、いちいち海を越えて貨幣をやりとりせず、外国為替取引市場の内部で、実際の貨幣をやりとりすることなく取引を行うことから為替の一種と呼ばれています。

普段良く利用する銀行口座のATM取引も(内国)為替の一種です。例えば、A銀行の口座にある残高をB銀行から下ろして場合、B銀行は一方的に現金を持っていかれる形になりますが、別の誰かはB銀行の口座残高をA銀行から下ろしているはずで、この貸借関係を相殺することで銀行間の相互取引やATMが運営されます。(ここでは、手数料については考慮していません)

船舶[p.114]

本編でロレンスが話しているとおり、この当時船舶で物資をやりとりするのは、ハイリターンですがハイリスクなものでした。 ロレンスは「何人かで金を出し合って船を借りる」と話していますが、これこそが現在の「株式会社」の原点となります。 最初は数人で金を出し合って船を借り、取引が終わったら解散するというのを繰り返していました。この場合、出資して商売を行っている人たちは船を所有していないことに注意が必要です。 そのうち、「数人で出資して複数の船を所有し、その船から得た利益を配当する」ようになりました。この場合は、出資者が船を所有しています。出資者から見れば、取引における収益は配分されてしまうために目減りしますが、その分船が沈没した際の損害も少なくて済みます。つまり、株式会社とはもともと、ハイリスクな長距離貿易のリスクヘッジをするために出来た組織だったのです。最初に株式会社の制度を導入したのは「オランダ東インド会社」と言われています。


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