Rozen Maiden(以下ローゼンメイデン)は、引きこもりで奇妙な商品をネットで探しては
通販で注文するという、少々困った趣味を持った少年ジュンが、ひょんな事からローゼン
メイデンと呼ばれる真紅他、七体の生きたドールに出会うところから話が始まる。
ぜんまいを巻いた人間を下僕(ミーディアム)とする契約をしないと十分な力を発揮出来ないドールはジュンと
契約を結ぶ。ジュンがドール同士の戦い(アリスゲーム)に巻き込まれていきながら
徐々に自らも心を解きほぐし、引きこもりから脱出していこうとする様を描いた作品である。
私はこの作品を読むうち、ストーリーに「ロボット」「アンドロイド」「サイボーグ」と
いった表現がどこにも明示されていないにも関わらず、そのストーリー内容はロボット作品の歴史から
見いだせる、ロボット作品の特徴をかなり多く含んでいることに気がついた。
すなわちこの作品でのドールという存在は、人工生命体という意味で本質的にロボットと相違なく、
むしろ作者は無意識のうちにドールという存在に、日本人の持つロボット観を投影しているのでは
ないかと考える。その一方でローゼンメイデンは、いわゆるオタク層に人気の出た「萌え系」作品と
しては今までにない特徴を備えている。この特徴は何を意味するのか、検討する。
ピグマリオン・コンプレックスは、人形やロボットなどに理想の女性像を求める事であるが、
オタク文化が恋愛資本主義社会から離脱した人々が架空世界に理想の恋愛(=純愛)を求めたもの
であるとの説(Bib.07 p.80 l5〜)と比較すると、実はオタク文化とピグマリオン・コンプレックスは
とても近い関係にあることが伺える。オタク文化を構成する作品は現実世界において実現し得ない
純愛関係を架空世界に求めたものであるから、その架空世界においては人間が主人公にあるのが
自然であるし、事実今までの作品は(一部ロボットを含むものがあっても)そうであった。
しかしローゼンメイデンでは主人公をドールにすることで、わざわざ「架空世界に架空恋愛を作る
」という二重構造を展開していることになる。
インターネットで調べても、読者の「萌え」の対象も圧倒的にドールが占めている。
インターネット上で催されたアニメキャラクターの人気投票、「アニメ最萌トーナメント2005」
を例にとると、ローゼンメイデンから、七人のキャラクター(内、ドール五人)がエントリーし、
全員が予選を突破、本戦に出場している。本戦出場率100%を記録したのは、ローゼンメイデンだけ
であった。また、平均得票率も8.93%で、次席のまほらば(平均得票率5.33%)を大きく
引き離している。本戦においては、人間であるのり、巴は共にブロック決勝にて敗退する一方、
ドールである真紅、蒼星石は決勝トーナメントに進出、真紅は三位、蒼星石が二位という結果に
なっていて、ドールの人気の高さが伺える。
なぜ、主たる萌えの対象がドールに集中するのか。作者は明らかに作品を作る上でドールを
主たるキャラクターに置いている。ドールへ集中するニーズとはなんなのだろうか。「萌えの研究」
では人間ではない萌えの対象≠ニして、PCゲーム「ToHeart」に登場するマルチという
メイドロボットを引用し、オタクが人でないものに惹かれている可能性を示唆している
(Bib.08 p.110 l1 )。同時に、オタク文化の根幹をなす美少女ゲームにおいて、
ハーレム幻想が根底にあるとの見解も示している(Bib.08 p.123 l8及び脚注)。また、萌えの
本質的構造として「究極の自己犠牲」という構造を提示している。(Bib.08 p.110 l3〜)
この説に従えば、ミーディアムという倒錯した主従関係の中、まさに自らの魂(=ローザミスティカ)
をかけて戦うドールの姿は自己犠牲そのものであり、そのようなドールが何人もいる物語の構造は、
美少女ゲームの要所をかなり象徴的に取り込んだ作品と言える。しかも、ドールを用いる事で、
人間でないものによるハーレムという斬新な可能性を提示した作品といえる。(Bib.08 p.215 l9〜)
「萌える男」においてもまた、ToHeart を引用し、「全ての人間がマルチのような優しいメイドロボ
を所持することができれば、世界中から争いはなくなる」という思想を示している
(Bib.07 p.148 l9 )。同作品では、萌えとは、恋愛資本主義社会からドロップアウトした人が自分を
自分で癒すために発生した行動であるとしている事を考えると、この一文もまた、
オタクがロボットに惹かれていく傾向を示している。
ちなみに、インターネットの世界ではだいぶ前から「擬人化」という形で非人間属性の
キャラクターが定着している。 例えば、ケンタッキーのビスケットを擬人化した
「ビスケたん」(図2)や、パソコンのOSデザインを擬人化した「OSたん」(図4)、
鉄道車両を擬人化した鉄道擬人化(図3)等である。これらはONLYイベントが開催されるなど、
ファンの規模もそれなりに大きく、非人間属性キャラクターの定着具合が伺える。同時に、
これほど擬人化キャラが定着したということは、そこに相応のニーズがあるとも考えられる。
この考えをもう少し一般化して、「読者が感情移入するのは必ずしも主人公ではなく、
萌えの対象そのものである」と考えると、ローゼンメイデンのストーリーがドール中心で成立している
理由が説明できる。すなわちローゼンメイデンにおいて、登場する人間はストーリーを構成する上で
やむなく必要な存在であり、本質的に萌えの対象となるドールのみでストーリーが
進行していると考えられる。
萌えの研究ではジュンを鬱屈キャラとカテゴライズし、エヴァンゲリオンのシンジと
同類のキャラクターという見解を示している。(Bib.08 p.216 l9 )しかし、シンジはストレスを
ひたすら抱え込みながら、あれこれ考えることでそれを解決しようとして破滅の方向に向かった
のに対し、ジュンはストレスがある一定量に達すると、思考を麻痺させてしまうタイプであることに
着目。ジュンの行動は、とても自然な、等身大な行動であり、オタクである読者が思春期時代に経験
したものに近いため、共感しやすいとしている。
つまりこの作品は、まずジュンの極めて人間的なキャラクター性で読者を共感させ、
倒錯した形ではあるがジュンに救いの手をさしのべるドールへと感情移入の矛先をシフトさせることで
多くの熱狂的なファンを作ったのではないだろうか。ジュンの鬱屈キャラは序章の始め十ページほどを
読めばわかるようになっている。そこから徐々にジュンがドールに心を許し始め、他の主要なドールが
出揃い、先にも示した、ジュンが球体関節に戸惑うシーンを描いて、全て主要な世界観がしっかり
読者の中に構築された上で、ドール中心の話がスタートしている。
以上を総合して、私は次のような見解を提示する。
ローゼンメイデンにこれほどの人気が集まったのは理由がある。それはドールという人工物を
主人公とする作品にニーズがあったためである。従来のロボット作品では、ロボットは主として
ピグマリオン・コンプレックスの象徴として扱われてきた。すなわち、現実において満たされない
理想の女性像を自身の手で作り出した物として存在した。一方、旧来のオタク作品は現実世界に
存在しえない理想の恋愛関係を架空世界に構築するもの、いわば架空恋愛だった。ゲーム、マンガ、
小説など、メディアを問わずオタク文化は発展の一途をたどっている。しかし、そうして架空世界の
規模が拡大していくにつれ、架空世界での恋愛対象を人間に限る必要がなくなった、あるいは
人間以外の恋愛対象にニーズが生じてきたと考えられる。人間相手の架空恋愛にいささか食傷気味
になった人もいるだろうし、そもそも人間を萌えの対象として見ていない人もいるかもしれない。
いずれにしろ、現実世界において実現し得ない恋愛を架空世界上で実現するのがオタク作品なら、
その架空世界が現実世界と同じ倫理感や物理法則で縛られる必要はない。事実、オタク作品には
現実世界では犯罪となるロリータ系や陵辱系のものも今まで数多く作られており、
ヒットした作品も多い。そのような中で、架空世界でしか実現し得ない恋愛対象として一躍登場
したのが、非人間属性のキャラクターであり、その属性を前面に押し出した商業作品として出現し、
成功したのがローゼンメイデンではないだろうか。現実世界の恋愛を架空世界へと投影し、
作られた写像が旧来のオタク作品なら、ローゼンメイデンは現実世界の恋愛を切り捨て、
架空世界で完結した関係という意味で、現実世界での恋愛の対極に位置する。(図5参照)
ジュンは架空世界に住まうオタクの象徴として描かれ、現実のオタクがネットやマンガに
のめり込んでいくのと同じように、ジュンはnのフィールドの住人(ドール)に傾倒していく。
オタクが架空世界と現実世界を行き来するのと同じように、ジュンも現実世界とnのフィールドを
行き来する。と同時に、ドールも現実世界とnのフィールドを行き来する。ジュンに感情移入した
読者は、ジュンというオタクの象徴を通じてドールへと感情移入の矛先をシフトしていく。
この時読者はすでに架空世界に没頭しており、現実世界での拘束から開放された形で架空世界を
楽しむことができる。
オタクには大きな反響を呼んだローゼンメイデンも、一般にはいまいち浸透していない理由は、
ここにあるのではないだろうか。ローゼンメイデンの持つこの特徴は、旧来のオタク作品に対して
ちくちくと積もっていた不満と、それに対応するニーズを持った人には有効に作用するが、
今までオタク文化にあまり触れていなかった人にとってはそのニーズがないために、いまいち
その特徴が伝わりにくい上、主人公であるジュンの性格がかなり特殊な物であるため、なかなか
共感を呼びにくいという点も指摘できる。
よってローゼンメイデンは、ドールという極めて繊細な存在を上手に利用した、
オタクのために描かれた作品であると言える。


図2.ビスケたん(出典:Bib.14)

図3.鉄道擬人化 500系のぞみ(出典:Bib.13)

図4.OSたん(出典:Bib.15)

図5.オタク系作品と恋愛関係の位置づけ
参考サイトに関しては
(Bib.[番号])
の形で引用箇所を示した。