古文(いにしえのふみ)〜現代版竹取物語2
「ミッション・オブ・イグザム(前)」
「あーっと、、、薊...さん?」
まだ学活も始まらないの朝の教室。すたすたと薊に近づいて話しかける男がいた。
「何?気味悪いなぁ。いつもそんな呼び方しないくせに。」
薊に近づいてきた、すなわち薊の死守する井本竹美にも近づいてきた...と言う事だが
薊はいっこうに警戒する気配がない。 男は薊とは長いつきあいの、碓井 圭(うすい けい)だった。
「いや...その、そちらの竹美さんとね、」
碓井の口から竹美の一言が出た途端、薊の目つきが変わった。
信じられないスピードで机からファイルを取り出し、50音順名簿を繰り、リストを目で追う。
「伊藤、宇田、宇野...あれ?碓井君は入っていないわね。」
もはや会員数はねずみ算のように膨れ上り、薊と言えども会員全てをを把握することが出来ない。
とりあえず、今回の事の発端、池本由良に写真を流し(勿論、複製、不正使用不可の誓約をさせてだが)
ファンクラブの内部事情は薊に通るようになった。
薊がこうしてまとめている会員名簿も毎日10ページは確実に増えていく。
最近、他校からの入会も目立っている。人の噂も七十五日とはよく言ったものだが、
とても、75日程度では終りそうになかった。
「僕は他の人みたいに追っかけまわそうとは思ってないから。ただ友達になりたいだけ。
でも、この調子じゃ僕も話をするにはまず君を通して...でしょう?」
「あー、確かにそうよ。えらいわね...ちゃんと守ってるんだ。」
守る、とは薊の発案である、井本竹美ファンクラブ条約の事である。
不用意に竹美に近づく人を作らないため、薊がこれまた池本に
言って作らせた物である。だから"会則"とは言わず、"条約"と明記されるのである。
ちなみに、会員全員がこのように聞き分けのいい者ばかりではないが、
だいたいそういう者は1度は薊の平手打ちを食らっている。ま、近づけないとはそういう事なのだ。
「うん。碓井君なら信用していいわね。あなたは大丈夫よ。いつでも話して構わないわ。」
ええーっ!という声がそこここから聞こえたが、その声は丁度鳴ったチャイムの音にかき消された。
「はい、席ついて。出席とるよ。」
「じゃ、後で。」
先ほどの会話からもわかる通り、碓井は前から薊とは仲が良い。
時折、恋人同士ではないかと噂されることもあるが、その手の噂とは不安定なもので
すぐに立ち消えてしまう。いや、もしかしたら一つづつ誰かがもみ消しているのかもしれない。
「早速だが、来週から期末試験だ。皆しっかり勉強するようにな。」
期末?!しまった、竹美の事で頭がいっぱいですっかり忘れてた。
薊が頭を抱える。ん?竹美?
「先生。」
次の話題に進みかけていた学活を手を挙げて薊が止める。
「竹美ちゃんは試験を受けるんですか?」
はた、と先生が手を止める。
「あーっと。井本は厳密には生徒じゃない訳で...来てからまだ時間も経ってないし...」
「先生!それは不公平でしょう!」
「じゃあ試験のあいだ彼女だけ遊んでいる事になります!」
真面目な生徒から文句が飛び出す。その剣幕にあっさりと先生は負けた。
「わかった。試験は受けてもらおう。そのかわり、真面目にやれよ。クラス順位の集計には組み込む。」
薊が竹美を見る。
「竹美ちゃん、勉強の自信は?」
竹美はいとも簡単に言ってのけた。
「まったくないです♪」
薊はますます頭を抱えるはめになってしまった。
一方、こちらは尚が勤めている会社。家庭ではなかなか威厳を発揮できない尚も、
会社の中ではエリートの部類に入ろう。抜群の若さで管理職についているが
自信も技術者としてピカイチの腕をもち、まだまだ現役である。
「お〜い!クライアントとの打ち合わせ、何時からだ?終ったら飲みに行こうじゃないか。」
「いいですねぇ...打ち合わせは...3時からです。」
「あぁ、そうか。3時。じゃ...あ?!おい!もうすぐじゃないか!!!すぐ出るぞ!」
エリートの割には、えらく面白い人でいつもオフィスは笑いに包まれている。
その、楽しい雰囲気がこうして災いすることもある訳だが...。
ジャケットをひっつかんで慌てて出て行こうとする尚の携帯がメールの着信を告げる。
「誰だ。ったくもうこういうタイミングで...」
等とぶつくさ文句をいいつつ、しっかり携帯を開いてメールをチェックしている。
忙しくてもついつい開いてしまう携帯だが、それよりなにより
自分の奥さんからのメールをすっぽかすと後々困ったことになりかねないのもある...らしい。
『A.S.A.P 尚さんへ』と題されたメール。
A.S.A.PとはAs-Soon-As-Possibleの略。緊急事態の意味だが...尚さん?
明音がこんな他人行儀な呼び方をするはずはない。あったとしたら、それは家庭事情の一大危機と言えよう。
いぶかしげに思いつつも尚は本文を開いた。
『仕事中すみません。尚さん、薊です。 早速ですが、今日は絶対早く帰ってきてくださいね。
奥さんが待ってますから。(笑)それでは。』
読み間違いがないことを2度、3度と確認して尚は携帯から目を上げた。
「待ってる?おかしいな、何かまずい事でもしたかな。 あぁっと、もしかしたらこの間だまって
飲みに行ったのがまずかったか...?いや、それともこの間仕事で一緒になった...」
「部長、行きましょう。」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。」
尚が押しかけていたタイムスタンプをセットしなおす。
「打ち合わせが終ったら直帰する。悪いが飲むのはまた今度な。行くぞ!」
尚は出来るだけ早く仕事を終らせるべく、部屋を飛び出した。
他のスタッフは、また何かやらかしたかと唯唯忍び笑いを浮かべるだけだった。
相変わらず、明音の入れてくれる紅茶はおいしい、と薊は思う。
砂糖の甘さで香りを潰してしまうのが勿体ないくらい。
これで、何の問題もなくただ学校帰りに遊びに来ているならいいんだけどなぁ。
カップを置いたソーサーのまわりには教科書やらノートやらシャープペンシルなどが散乱していた。
「まったく、自分の勉強でも精一杯なのに...人のまで教えなくちゃならないなんて。」
おもわず口が口先について出る。
「でも、薊ちゃんの成績にあなたは関係ないんじゃないの?」
冷めかけていた紅茶を入れ直していた明音が答えた。
「少しでも、他のろくでもない奴らに付け入る隙をあたえちゃいけないんです。」
きっぱりと言い切った薊は、目だけをテーブルの向かいへと向けた。
問題を前に頭を抱えて何か書こうとしたり、そうかと思えばまた考えこみ、をしばらく繰り返している
竹美がいる。 明音が問い返す。
「今回の試験範囲、そんなに難しいの?」
「数学は微分ですけど...よく見てください。手元を。」
明音は、再び長考に入った竹美の邪魔をしないように注意して手元を見た。
教科書の問題を解いているのではない。何か紙にかかれた問題を解いているようだ。
「学校で出された課題?」
薊が首を振って答えた。
「今年の高校入試問題です。」
「....あら、まあ。...」
明音が何か言おうとした所で、突然玄関が騒がしくなった。
誰かが大慌てで鍵を開けようとしている。
明音が向かえにいこうとするのを薊が引き止めた。
「ここで、静かに待っていてください。たぶん、面白い事が見られますから。」
薊の顔にはさっきとは一転した、なんともあくどい笑みが浮かんでいた。
薊が部屋を出て玄関に出迎えるのと、尚が大慌てで玄関を開けて飛び込んでくるのとほぼ同時だった。
こちらを見もせずに下を向いて靴を脱ぎながら息せき切って話し出す。
「すまん!!明音。この間商談だとか何とかいって夜遅くまで友達と飲みにいって、
小遣いが足りなくなって口座からちょっとお金を下ろしたのは謝る!頼むからここは一つ穏便に...に?!!」
背の高い尚とはいえ、靴を脱ぐためにしゃがんでいれば当然立っている人を見上げる事になる。
漫画のように尚はゆっくりと上を見上げた。
「あ!薊ちゃん!!!」
見るまに尚の顔から恐怖の色が消え、その場にへたり込む。
「お帰りなさい、尚さん。」
「よかったぁ。そうか、今の話は明音は聞いていなかったんだな。よかったよかった。」
薊がいるということは明音は別に、自分を怒るために呼び出したのではないのだ。
まさか薊の目の前で大喧嘩を始めるつもりはあるまい。安堵の表情で尚がゆっくり家にあがる。
「薊ちゃん、今の話は忘れてくれ。何なら今度、学校帰りにでも何かおごるから。」
「わかりました。忘れましょう...私は。」
「うん、そうそう。それでいいんだ....ん、私?ワタシ?.....あ.......あ....あ...あ、あぁぁ!!」
さりげなく横によけた薊の向こうで、目の前に立ちはだかる明音を見たら、
実際誰だって逃げ出すに違いない。しかし尚は気丈にもそれをしなかった。
そこだけ見れば実に勇気ある行動だが、実際は違う。
それをしてろくな事になったためしがない事を自分は身をもって理解しているのだ。とは後の尚の話。
これは、ひょっとするとひょっとして、尚を褒めてしかるべき事かもしれない。
腰が抜けたわけでも、恐怖で金縛りにあっていたわけでもないと
尚はいやに強調していたが、それは気にしてはいけないお約束らしい。
「薊ちゃん、今の話聞いてた?」
一見いつもと変わらない明音の声。だが尚の耳には冷徹きわまりない悪魔の声に聞こえた。
恐る恐る尚が薊の顔を見る。もはやあくどい笑みを超え、極悪人の笑みとでも言うべきかもしれない。
「いいえ♪聞いてません。忘れました。」
向こうが悪魔ならこっちは小悪魔か堕天使(ルシフェル)か。
尚の目が、光を失った。 いざ、暗黒の世界へ。
...とはいえ、実際に尚が気を失った訳ではない。
みるからにうなだれる尚の耳に最後の台詞が吐かれた。
「後で、ゆっっっくり、話しましょう。」
「..........はい.........。」
「さて、なぜかヘコんでいる尚さんを無理やり叩き起こして、第2回井本竹美合同警備本部作戦会議を
始めましょうね。とにもかくにも今回の議題は期末試験対策です。」
いやに熱く感じるコーヒーを無理やりすすって尚が口を開く。
「長い会合名だねぇ。ま、それは置いといて竹美ちゃん、自分で一番苦手だと思う教科は?」
竹美がすこし考えてから答える。ばつの悪そうな表情でぽつりと答えた。
「数学......」
「数学ねぇ。今回の範囲だけならなんとか叩き込めるかもしれないけど。」
「......と化学と社会と英語と国語と....」
尚の返した相槌には何の反応も示さずに竹美が続けた。
尚は椅子から落ちそうなほど滑った。コーヒーが大きく波打ち、カップの縁に危うく止まる。
「それは、つまり、その、全部苦手と...?」
16年前の学校教育はどうなっていたのかと、悪いとは思いつつ、尚はいぶかしげに思うより他なかった。
これまた困ったことに喜色満面でうなずき返す竹美に、一同は頭を悩ませた。
「後、1週間。薊ちゃん、せめて数学くらいは何とかしようか。」
重苦しい、粘り気のある声が、大分遅れてから聞こえた。
「出来るなら、全部...ですけど。」
無茶を言うな!と、単刀直入に言いかけた尚はぐっとその台詞を腹に納めた。
力を入れた腹に、胃炎にも似た痛みが一瞬、走った。もっと、他の言い方を考えたほうがいい。
「それは、無理でしょう。」
尚が腹に納めた台詞を淡々と明音が言った。やんわりと、オブラートに包まれてはいるが、
中味の苦さが染みる台詞を、はっきりと。
「でもね、何事もプラスに考えましょう。薊ちゃん、私たちには選択肢が二つあるわ。」
ちら、と明音が尚を見る。慌てて、尚が先を引き継いだ。
「うん。一番酷い物を重点的にこなすか、主要教科を一通りさらうか...。いずれにしろ、大変だけど。」
薊が竹美の手元を見てため息をついた。
「数学を、重点に。他のは、まあ、いいでしょう。」
竹美の手元から、紙の束を尚にほおり投げた。コーヒーに手をつけかけていた尚が慌てて受け取る。
都立入試は、竹美にとって、難問。
「竹美ちゃん....どうして(2/3)+(2/4)が4/7になってるのかな...?」
「...で、どうするつもり?」
次の日、学校で状況を説明された碓井が、言った。
「...どうするって、やるしかないじゃない。だから今、散々問題やらせてるんでしょ?」
「ここから?」
高校の教室で中学生用の問題集と格闘する生徒、竹美をそっちのけで会話を進める。
「薊ちゃん、ここは?」
ドリルから顔を上げて竹美が薊の袖を引っぱる。
「袖を引っぱるなって。伸びるから。どれ?」
5/3+2×4/5=?
「だから、さっき言った通りここは...」
「待って、その前に。」
若干苛立ちながらも、強引に説明しようとする薊をやんわりと、しかしきっぱりと碓井が止めた。
あまりにも突然止められたので、こんどは薊まで若干苛立ったような目で碓井を見る。
ぐっ、と一瞬碓井の口が止まる。薊を敵に回すのがどれだけ恐ろしいことか、碓井もよく知っている。
それでも恐怖をこらえて碓井は、口を開いた。
「『さっきも』、ってことは井本さん、その説明がわかってないんでしょ?」
遠慮がちな目で、竹美がほんのわずか、首を縦に振る。
「薊ちゃんが焦りすぎてるよ。そうだな...放課後はどこかで勉強するの?」
「あぁ、うん。水元さんの家で。知ってるわよね?」
初めてみる、碓井の優しい所に、目を丸くしつつも薊が答えた。
「よし。じゃ尚さんと一緒に放課後ゆっくり見よう。薊ちゃん、わからないところは飛ばしていいから、
わかる所を落ち着いて考えてごらん。」
その優しさに薊がほんのわずか嫉妬した事を、碓井は気付いているのやら、いないのやら。
「サンブンノゴタスニカケルゴブンノヨン(5/3+2×4/5)か。」
尚は口に出して問題を確認した。
「圭君、君ならまず何を教える?」
放課後、尚の家で問題を広げた尚が聞いた。
「加減乗除の法則、でしょうね。この問題がわからないというのは。」
さらさらと答えた碓井の答えに、尚は満足げに笑みを浮かべた。
「うん、君は先生に向いているのかもしれないね。その通り、加減乗除の法則から教えなくちゃね。」
そうして、1対2で教える様子を、薊はそばから静かに眺めていた。圭が、先生ねぇ。
案外、合っているように見える。どちらかというと一匹狼に近い性格の薊に、圭がこんな一面を
見せてくれたことは、あまりない。
いや、むしろ自分で拒否していたのかもしれない。
手に持ったカップから甘いカフェ・オ・レを口に運んで、湯気が視界を奪った。
(そう。この湯気みたいに、心の目を閉じていたのかも。)
ぼおっと霞がかかったような目が、徐々に視界を取り戻していく。
「いい?足し算や引き算よりも、掛け算、割り算を先にやる。これは決まり。分数は割り算と同じだから
5/3+2×4/5は、(5/3)+(2×4/5)になるね。2は2/1だから(5/3)+(2/1×4/5)、あとは分子分母を
かけて、そこまでやってごらん。」
ごちゃごちゃと、紙に何か書き散らして竹美が考える。
「(5/3)+(8/5)?」
にっ、と満足げに圭が笑う。
「良く出来ました。じゃ、あと一歩。分数の足し算引き算をする時、まずすべきは?」
少しづつでも着実に褒められている竹美も、嬉しそうにまた答える。
「通分。(25/15)+(24/15)になるから、答えは(49/15)だね。」
「出来るじゃないか。これで、計算はばっちりだね。じゃ、この文章題は...」
なんだか薊はその場にいられなくなって、空になったカップを置いてベランダに出た。
夜空にはわずかに星が瞬いていた。夜風が顔を撫でるのも構わず、薊は
どこを見るのでもなく、たたずんでいた。
風が頬を冷やしていく。冷やされた頬に突如、異様に熱いものが触れた。
「っきゃあ!!」
どこから声を出しているのか自分でもよくわからない声を上げて薊が飛び退く。
原因は、湯気を立てるカップを両手にもった尚だった。
「そんなに熱かったかな? 風邪引くよ、こんな所にいると。」
そう言いながらも、ベランダには2脚の椅子が用意されていた。尚が手招きして薊をさそう。
カップに入っていたのは、さっきと同じカフェ・オ・レ。
「ありがとうございます。尚さん。」
渡されたカップを、火傷しないように注意して持って、薊が言った。
夜風は相変わらずそよそよとベランダを駆け抜けていくが、温かいものを持っているだけで
肌に感じる寒さは大分和らぐ。
「で、薊ちゃん、あの子は大丈夫そうなのかな?」
尚がのんびりと、尋ねる。
「えぇ。あの教え方ならば、大丈夫でしょう。よく分かっているみたいですし。」
甘く温かい液体が薊の喉を通過する。ほんの数秒、体の中が温かくなる。
尚もまた、カフェ・オ・レを少し飲んで、カップを下ろす。
「どうしてそんな他人任せみたいな言い方を?自分も横にいて、見てあげればいいじゃないか。」
柔らかい口調ではあるが、図星をつかれた薊の動きが止まる。
尚も、その様子に気付いてはいたが、何も言わず、体も動かさずにただ返事を待った。
時間が、止まった。
沈黙を押し破り、今までとはうってかわって小さな声で、薊がつぶやく。
ぽつりと、少しだけ。
「悔しい...のかもしれませんね。私は。」
その答えを聞いて、尚が一呼吸おいて、話し出した。
「どっちに嫉妬しているんだろうね。竹美ちゃんか、圭君か。」
薊は、何も言わない。 何も、言えない。
辛いかもしれないけど、と尚は付け足した。
「辛いかもしれないけど、考えてごらん。自分を見つめ直してみるといい。君にとって必要な事だよ。」
薊は、押し黙って何も言わない。
「でも、程々にね。あまり考え詰めるのは君らしくないし、今は竹美ちゃんの事も考えないと。
君が元気でなきゃ、竹美ちゃんはどうなる?顔には出さなくても、今一番不安なのは彼女だと思うよ。」
薊の目から、何かが落ちた。涙という名の、『鱗』。
それでも薊は、何も言わずに顔をあげた。
ここ数日の内でも一番の微笑みで。
「よし。それでこそ、君だ。」
ほんのわずか目に溜まっていた涙も、夜風が乾かしていく。
尚の隣に座って、ほんの少しだけ、薊が体を寄せる。
冷めたカフェ・オ・レが漣を立てた。
ベランダで人生相談が進んでいるとはつゆ知らず、当の井本竹美は、じわじわと課題をこなしつつあった。
上手い教え方をすれば理解とは早い物で、この分なら試験にはなんとか間に合いそうだ。
横で問題に没頭する竹美を見ながら、圭は考えていた。
ま、今日はこのくらいにしとくか。
「竹美ちゃん、終った?」
まさにジャストのタイミングで薊が部屋に戻ってきた。
「うん♪終ったよ。お腹すいた!キッチンでお手伝いしてるね。」
ぱたぱたと駆け足でキッチンへ向かう竹美。
「大分、計算にも慣れてきたみたいだしね。あともう少しだよ。」
とんとん、と軽い音をたてて本を揃えると、横の鞄へと圭はしまった。
「それじゃ、僕はそろそろ戻るよ。あんまり、長居するのも悪いし...」
「夕飯を食べていきなよ。構わないから。」
腰を上げかけた圭を尚が止めた。
「今日は君、本当にがんばってくれたからね。家に電話しておいで。」
思いがけない提案に、圭はしばらくとまっどっていたが、尚の言葉を聞いて
電話をかけに、部屋を出ていった。
「このほうが、いいだろう?」
隣にいる薊の肩を尚は軽く叩いて、優しく笑いながら、二人は部屋を後にした。
「おかわり頂戴!」「おかわり!」「もう一杯おかわり!」
タイミングよく、3人はそろって声を上げた...のではなく。
これは全て竹美の台詞。水本家の面々と薊は慣れているので
ほいほいと炊飯器からご飯を取り出すが、免疫のない圭は口を開けたまま閉じようともしない。
「....あれ、知らなかった?竹美ちゃんがよく食べるの。」
漬物を口に運びながら薊が言う。
「はは...僕なんて2杯も食べれば十分なのに..」
「竹美ちゃんにとっては、2杯なんておやつにもならないかもね。」
「....嘘...。」
もう、圭は二の句も継げなくなった。
「それじゃ、失礼します。」
「うん、それじゃあ、また明日ね。」
薊と圭はそろって水本家を出た。相変わらず、暗い空に星が瞬いている。
「すごい...よね。」
ぽろっと、薊が言葉をこぼした。
「ん、何が?」
「教えるの。私とは教え方が大違い。上手なんだもん。」
いつもと、雰囲気が、違う。圭にもそれが伝わった。
「どうだろう、僕の教え方が上手いとは思わないな。」
圭も真面目に、返答した。
「たまたま、薊ちゃんに僕や尚さんの教え方が合っただけ。そうじゃない?」
君みたいにぐいぐい引っぱっていく先生が合っている人もいるしさ。
圭が優しく、フォローを出す。
「私も圭に教わろっかなぁ...」
小さな声で薊の言った言葉は、しっかり、圭にも聞こえていて。
「なんで?君は僕に教わらなくたって、成績は十分じゃないの?」
薊がうつむいて答えた。
「.......だもん。」
「えっ?」
圭が聞き返す。
「....悔しいんだもん。」
しばらく、会話が止まった。
数秒経ってからだんだんと圭が笑い始める。
「すねないの。これからもちゃんと、構ってあげるからさ。」
ぽふぽふと薊の頭を軽く叩いて。軽く自分の方に引き寄せてあげる。
「誰も君から離れていかないって。...好きなんだから。」
最後に小さく付け足した言葉は、薊に届いたのか、届いていないのか。
その日、圭と別れるまで薊は喜びを必死に隠していたらしい。
ミッション・オブ・イグザム(前) Fin.
後書き
...意外な展開(?)原典の竹取物語に則って、竹美の恋愛話に発展するかとおもいきや、
先にこちらですか....(いや、私の手が勝手に書き出して...自分でもびっくり。)
さぁ、数学が苦手な皆さん、途中頭が痛くなったかもしれませんが、
それを覆えすほどのお笑いもちりばめたつもりです。(逆にこれも頭痛の種になったりして?)
あぁぁぁ、キャラクターが勝手に暴走していきます。
もうすでに竹取3も大分書いていますが、もっともっと暴走してます...。
お楽しみに。
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