「コリンのくれた贈り物。」
「ねぇ、ロン?少し片付けたほうがいいと思わない?」
ドアの前でハーマイオニーが呆れたようにぼやく。
このドアは、ロン・ウィーズリーの家の物置きの入り口。
と同時に、ハーマイオニー・ウィーズリーの家の物置きの、入り口。
そう、早い話がここはかつてホグワーツ一のおしどり夫婦と呼ばれた二人の家だ。
「あちゃあ...やっぱりそう思う?」
ハーマイオニーの横でぼりぼりと頭をかいて、ロンはつぶやいた。
二人の目の前には箱やら鞄やらがわんさか積み上がっている。
「どうして、『週間魔女』の取材に昔のトロフィーがいるのよ?これじゃ、出すだけで大騒動だわ。」
ほら、一番手前でこの状態。そういってハーマイオニーは手近にあった雑誌を手にとって
ちょっと息を吹きかけた。途端に白いほこりが宙に舞う。
「今度の受賞で、僕チャーミングスマイル賞6回連続受賞らしいんだ。
とうとうロックハート先生の記録を超えちゃったんだよ?ほら、君が持っているのが第一回受賞のとき。」
埃のなくなった表紙から見えたのは、すこし緊張した面持ちでトロフィーを抱えたロンの顔だった。
ホグワーツを卒業してすぐ。というよりも卒業前からロンのチェスに対する才能は頭角を表わし始めていた。
卒業してまもなくプロフェッショナルに。そしてまたたくまにほうぼうの大会を勝ち抜き、
たちまち、天才チェスプレーヤー、ロン・ウィーズリーの名は世界中に知れ渡ることとなる。
もとより、ホグワーツにいた頃から、ロンはかなりモテる男であったし、
(もっとも本人はそう気付いていないし、ハーマイオニーの方はやきもちを妬くし、で大変だったらしい。)
チェスの腕だけでなく、そのルックスまでもが相まってあちこちから引っ張りだこ。
チャーミングスマイル賞の投票結果もその世相を如実に表わした。
あれよあれよという間に他の候補に大差をつけ、ぶっちぎりの強さで堂々の入賞を果たした。
時が経ってもその人気は今だに衰える事はなく、今なおファンクラブに加入する人が後をたたない。
今後は写真集発売の予定が、さらにはその才能を少しでも自分も持ちたいという
チェス愛好家の声から、チェスの手引き書を書いて欲しいという話まで来ている。
もっとも、学生時代レポートに四苦八苦していたように文章を書くのが比較的苦手なロンは、
ちゃっかり自分の妻をゴーストライターにしているという噂も、ある。
往年の大親友、ハリー氏が語って曰く、
『あの二人は学生時代となんらかわらぬ生活を送っているよ。唯一違うのは、
僕が毎日毎日あのふたりの惚気と嫉妬と癇癪を聞かなくて済むことだ。
それでも、一番手に負えない状況になった時、転がり込んでくるから困ったもんだ。』と。
「で、その取材のためにトロフィーを用意する、と。」
一日かかりそうだわ。 そう言ってハーマイオニーは一番手前にある箱を引っぱり出した。
「あ!ハーマイオニー、危ない!!」
取り出した箱に他の箱の重みがかかっていたらしく、バランスを崩した箱の山がこちらに倒れてくる。
さすがのハーマイオニーも咄嗟に反応できず、その場に立ち尽くしたまま。
“ぶつかる” 反射的に目を閉じたとき、何かがハーマイオニーを体ごと横に押し倒した。
ガラガラと、横で物が崩れる音がする。恐る恐る目を開けると、目に飛び込んできたのは
固く目をつぶったロンの顔。
「...いったぁ....」
ロンの顔がほんの少し、苦痛に歪んでいた。
「ロン!大丈夫なの?」
「うん。背中ににちょっと箱がぶつかっただけ。 あと...君を押し出すときにちょっとが腰ねじれたかも。」
慌ててハーマイオニーはロンの体を抱き起こした。
ガラガラと、雪崩状態の荷物が小さく音をたてる。
「あらあら、随分派手に崩れたわね...」
「君がむやみに箱を引っぱり出すからだろ?」
「あなたが整理しないからよ。」
あまりにも簡潔な返答に、ロンは苦笑して立ち上がった。
「とりあえず、片付けようか。ついでに探すものを探して...ん?」
廊下に広がった物の山から、ロンが一つを手にとった。
表面の埃を吹き飛ばすと、出てきたのは小さめの古いアルバム。
二人ともその表紙を見るなり、それがいったい何なのかすぐに思い出した。
これは二人がホグワーツを卒業するとき、後輩のコリン・クリービーが作ってくれたアルバムだった。
その中には、ホグワーツで青春時代を謳歌していた時の思い出がいっぱい隠れている。
大掃除の時、もの置きの奥から出てきた昔の本をついつい読んでしまう事はないだろうか。
この二人とて例外ではなく、とうとう本来の目的も忘れて廊下に座り込み、二人でページをめくり始めた。
表紙をめくると、まずは卒業式の日に皆で撮った集合写真が出てくる。
その無邪気な笑顔の下には7年間の年月があり、その日付一つ一つは、遥かなメモリーとなって刻まれている。
そこに写っているロンも、ハーマイオニーも、ハリーも。
各々が各々らしい表情で、青春時代の一大イベントを喜んでいる。
卒業証書を抱えてちょっぴり、控えめに笑っているハーマイオニーはあの時、誰にも見えない所で
ほんの少しだけ、目を潤ませたことを覚えている。
時は無限の繋がりを保って、絶対に終わりなんか思いもしない。
そう思っていても、どこかで人生の節目はやってくる。
7年間、楽しい思いでがたくさんあった。
ハリーと過ごしていたから、本当に胸の痛くなるような辛い事も多かった。
それが、今では全て思い出となっている。 思い出は自分の中に残された、歴史。
ページをめくる度に、記憶が鮮やかに甦ってくる。
ルームメイトと交した会話、クラスメイトの顔、先生の声。
「あ、ネビルが写ってる。ネビルは結局最後まであのおっちょこちょいぶりは変わらなかったわね。」
「あぁ、たしか卒業式の日も歩く途中で裾を踏んで、転んだっけ。今頃、何やってるんだろう?」
「さぁ...?あのおっちょこちょいは死ぬまでなおらなさそうね。今でも、“忘れん防止器”を手放せないんじゃないかなぁ。」
「こっちはハグリッドとファング。懐かしいわね。」
楽しく話しながら、1ページめくる度に思い出を話す。
ハーマイオニーが何気なく窓を見た頃には、もう外は真っ暗な宵闇に包まれていた。
「あ、もうこんな時間。どうしましょう、夕飯の用意を何もしてないわ!」
慌ててハーマイオニーが立ち上がる。
「まぁまぁ。廊下がこの状態だし、今日は外で食べない? この間、新しいお店を見つけたんだ。」
ゆっくりと、ロンも立ち上がって、はたと二人は互いを見つめ合った。
しばらくの間を置いて、二人が笑い始める。
「その前に、着替えなきゃね。」
埃だらけの服を軽く叩くと、二人は新しい服を取りに、寝室へと向かった。
ちょっとだけ、正装して行こうね。
そんなロンの台詞を思い出しつつ、ハーマイオニーは服を選んでいた。
変に気取るのもおかしいし、されとて余り普段着過ぎても困る。
ロンと食事に行くのも久しぶりだし、おしゃれをして行こうと、結局は上質なシルクのブラウスを出した。
鏡の前に座って、引き出しから口紅を出す。
(...化粧を始めたのっていつだったかしら?...)
ルームメイトのラベンダー達にそそのかされて、本当に控えめに、口紅をつけて出かけたのが
最初だったかしら。確か、あの日はロンと一緒にホグズミードに....
そこまで考えて、はっとした。
あの頃から、ハーマイオニーは自分のためというより、ロンのために化粧をしていた事に気付いたのだ。
「ハーマイオニー?そろそろいいかい?」
玄関から、ロンの呼ぶ声がする。
ハーマイオニーは今日も、ロンのためにおしゃれをして、部屋を出た。
口紅と同じ色のワインがロンの手元に赤い影を落としている。
街の大通りからちょっと外れた裏道にひっそりと建っていたレストランは
こぢんまりしている分サービスもよく、よく手間をかけた料理は味も抜群だった。
愛する妻のために、ロンはよく街を歩きながら新しいお店を探す。
今回も、ロンが自分で見つけたお店だ。
そう思うだけで、ハーマイオニーはほくほくと幸せな気持ちになる。
ロンはと言えば、その嬉しそうな顔を見て幸せになって。
小さな事でも幸せを分け合う。これが二人の、夫婦円満の、秘訣。
お腹もいっぱいになって、心地よい満足感。
おまけに大好きな人がとなりにいるとなれば、これもまた、幸せ。
ハーマイオニーはこころもち赤い顔でロンの片腕に抱きついている。
「ほら、ハーマイオニー?大丈夫? 慣れないのにワイン飲むなんて言うから...。」
「んんー。だって美味しそうだったんだもん。 いいでしょ?ちょっとくらい。」
くてん、とロンに体重を預けて歩くハーマイオニーはやっぱり少し酔っ払っている。
「しょうがないな。 ほら、ハーマイオニー。公園がある。 少し休もう?」
街灯のやわらかな光に照らされたベンチに二人は座った。
「やっぱハーマイオニー、顔赤いよ。体、熱いだろ?」
「大丈夫よ。街灯の色でそう見えるんじゃないの?」
言っている内容はまじめでも、呂律が少しおぼつかない。
「酔っていないって人間ほど、酔っているもんだよ、ハーマイオニー。」
ロンは笑いかけて、ハーマイオニーの髪をかき上げた。
それにつられてハーマイオニーがかくん、と顔を上に向けた。
「わぁ、星がきれい。手に届くように見えるわ。」
「よく星を見てるよね。好き?」
ロンの優しい口調に合わせるように、ハーマイオニーも優しい口調で答えた。
「星空というのは、それだけでもきれいだと思うわ。
でも、そこから視点をちょっと切り替えてそれを宇宙であるって思うと、ずっとスケールがかわるでしょ。
その神秘さが好きなのよ。」
今日の星空は限りなく澄んで、いつも以上に美しく感じる。
新婚どころか、まだまだ恋人同士のような二人。
夜の帳がハーマイオニーと、愛しの君を包んでいた。
「なんか、あまり学生時代と変わっていない気がするわね。」
「いや、変わったさ。 ホグワーツにいた頃より確実に、君は大人の階段を登っていると思うよ。」
こんなに奇麗な、自慢の奥さんになったんだからね。
「自分じゃ、そんな気がしないわ。 まだまだ私には、足りないところがあるように思うの。」
「完璧主義の君らしいね。でも、そのままでいいんだよ? 僕が好きなのは今の君だから。」
「でも、やっぱり自信ないわ。」
「自分に自信がなくても、王子様が見つけてくれたんだ。だとしたら君はシンデレラなのさ。」
ハーマイオニーがくすくすと笑いだした。
「何?」
「だって、自分のことを王子様って言うんだもの。なんか可笑しくって...」
「“幸せは、誰かがきっと運んできてくれる。”女の子は大体そう信じてるね。君も、例外じゃないだろ?」
「あら意外。私に『もっと女の子らしくなれ』なんて昔は言っていたのに。なんでそう思うの?」
ロンは真面目な顔で、答えた。
「だって、僕が幸せを運んだら、君は運んだ分だけ喜んでくれるもの。」
今度こそ、ハーマイオニーは大きな声で笑い出した。
ロンが渋い顔で言った。
「そこまで笑わなくてもいいじゃないか。」
「そのうち、“こんな少女時代だったなぁ”なんて懐かしむ時が来るのかしらね。」
「いつの日か、昔を懐かしく思う時が来るのさ。それが人生の楽しみでもあるんじゃない?」
その時まで、絶対、一緒にいようね。
とっておきの台詞が、今日も幸せな奥さんの耳元に囁かれた。
これは後輩からの贈り物から始まった、幸せの1ページ。
コリンのくれた贈り物 Fin.