「惚気は人のためならず」
今宵も、夜の帳が霧の都ロンドンを包む。
表通りはネオンの明りに照らされ、夜の街としての顔を見せているが
一歩、裏通りに入った住宅街には人の影はほとんどない。
唯一人、闇に溶け込む黒い髪に、額に残る稲妻型の傷が見える青年を除いては。
青年は何もいわず、雨上がりのまだ湿った空気の中を歩く。
ヒュッ!
奥まった曲がり角に青年は止まり、暗闇に鋭い口笛の音が響く。
紛れもなく、青年、ハリーが吹いた口笛だ。
しばらくの間の後、がさがさと、草の踏まれる音がして、一匹の犬が現われた。
ハリーの髪と同じく、漆黒の毛並みが闇に溶け込むようだ。
ハリーはそのまま踵を返した。
何も言わなくても、闇色の犬はハリーの後ろについてくる。
ハリーはそのまま、一軒の小さな家に入っていった。
「シリウス、もういいよ。 鍵閉めたから。」
部屋に入って、ハリーがそう教えると、もうそこに黒い犬はなく、
かわりに一人の男が立っていた。
シリウス・ブラック。 ハリーの名付け親だ。
「...まさか散歩みたいに連れて歩かれるとはな。」
姿を見せての第一声としては、随分皮肉がかった台詞をシリウスは言った。
「しょうがないでしょ? 見つかるとまずい事になるんだから。 コーヒーいる?」
「あぁ、もらう。しかし、久しぶりだな。 去年ホグワーツを卒業したんだろ?」
部屋の中は、意外と質素なもので、必要最低限の物が整然と置いてあるすっきりとした部屋だった。
シリウスは、手近の椅子を手元に引き寄せ、座った。
ほどなくして、ハリーが両手に湯気のたつカップをもって戻ってくる。
「あぁ。ごめん、急に呼び出したりして。」
「いやいや、手紙を受け取ったときは嬉しかったぞ。 あぁ、まだ息子には忘れられてないんだな、って。」
カップをシリウスに渡すと、ハリーも横にあるソファーに腰掛けた。
「忘れないよ、絶対にね。 僕の二人目の父親じゃないか。」
カップを口元に引き寄せると、濃密なコーヒーの薫りと共に湯気が煙幕となって視界を遮る。
「しかし、男の独り暮らしにしては、随分小ざっぱりした部屋だな。」
シリウスも、同じように一口つけて、ちょっと顔をしかめた。
シリウスの手がスプーンに伸びる。 何も言わないでハリーは砂糖の入った瓶をシリウスの前に置いた。
「久しぶりに飲むと、ブラックは苦い。」
ひとつ、ふたつと角砂糖をカップに落とす。
「さて。どうしてまたこんな大急ぎで呼んだんだ?」
陶器と金属のふれあう澄んだ音をたてながらくるくるとスプーンを回す。
「僕、恋人がいるんだ。」
「ふむ。 それはいい事だ。そんな、もうそんな年頃なのか...で、それがどうかしたのか?」
一呼吸置いて、少し大きく息を吸って、決心を固めてからハリーは口を開いた。
「僕、結婚することにしたんだ。」
次の瞬間。 シリウスの手からテーブルの上にスプーンが転がり落ちる。
カチャーンと、甲高い音。
それでもなお、しばらくの間シリウスは固まっていた。
何か、言おうとしても声が出ないらしい。何度か無駄に口を開け閉めしてからやっと、声を出した。
「....な....相手....は?」
普通に考えれば、当り前の疑問だろうが、ハリーは待ってました、とばかりに顔を緩めた。
「目が丸くって、唇が赤くて...。 結構お転婆だし、うるさいところもあるかもしれないけど...」
「いや、そうじゃなくて...。相手は、誰かって聞いてるんだけど。」
「栗色の髪をした、シリウスのよく知ってる人だよ。」
しばらく考えて、シリウスははっと顔を上げた
「ハーマイオニーか?!」
ハリーは顔をほころばせた。
「あたり。」
シリウスは、手にもっているコーヒーカップすら取り落としそうになりながらも、
なんとか手を滑らす事なくテーブルの上にカップを戻すことが出来た。
一旦、肺のなかの空気を全て入れ替える。
「...ハリー、まさか君までジェームスと同じ選択をするとはね。」
本当に、まさかこんなに早く結婚するとは...
今まで驚き一色だったシリウスの顔に少しづつ笑みが混ざる。
「ハリー、まさかもう子供が出来たなんて事はないな??」
ハリーがからからと笑う。
「まさか。 いくらなんでもそれはないよ。」
「だろうな。」
二人ともしばらくの間、笑いを止めることが出来なかった。
そんな時、窓からこつこつと小さな音が聞こえた。
ハリーが窓をあけると、そこには1羽のふくろう。そして1通の手紙。
知らない人が見ると、一瞬吼えメールかと見間違うような真っ赤な封筒だ。
事実、ハリーが持ち込んできた封筒を見るなり、ぎょっとした。
しかし、よく見ると色合いが微妙に違うし、ハリーがその場で封を開けた事から
吼えメールではないと気付いたようだ。
「...噂をすれば、君のSweetHeartかな?」
封を開けるハリーの顔を見て、シリウスがつぶやく。
「...どうしても会いたくなったから、今こっちに向かってるって。」
人が聞いたらそのまま耳をふさいで逃げ出しそうな甘ったるい手紙を、ハリーは事も無げに読んだ。
「...幸せ者。...」
「そりゃあ、もう。首ったけですから。」
やれやれ、とシリウスが腰を上げる。
「それじゃ、若い二人を邪魔する訳にはいかないからね、そろそろ失礼して...」
あわてて、ハリーが言葉を遮った。
「ハーマイオニーにも長い事会っていないんでしょう?僕たちは構わないから、会っていってよ。」
「しかし...」
キンコーン。
次に出てきたシリウスの言葉はドアチャイムの音に遮られた。
「ほら、もう逃げられない。」
シリウスに向かってバチンとウィンクなどしてみせながら、ハリーは玄関に向かった。
「ハリー!!」
「いらっしゃい、ハーマイオニー..というより、お帰りと言ったほうがいいのかな。」
玄関を入るなり、ハーマイオニーはハリーの首っ玉に抱きついてきた。
「あら、もう私はお客様じゃないの?」
「よく言うよ。卒業してからも1週間に6日間はこの部屋に来てるじゃないか。」
君なら、タイム・ターナーを使って、1週間に8日でも、10日でも来そうだよ。
一応、皮肉のようにも聞こえるが、勿論ハーマイオニーがそんな解釈をする訳もない。
「さぁ、入っておいで。」
実はシリウスが....と言いかけて、ハリーは言葉を失った。
部屋はもぬけの殻。
シリウスの姿どころか、さっきまで机の上にあったカップまできれいさっぱり消えている。
自分のカップが置かれていなければ、まるでハリー自身も、たった今家に帰ってきたかのよう。
(...シリウス...帰っちゃったのかな?...)
シリウスはアニメーガスだ。人間には難しくても、犬の姿になれば窓からでも簡単に外に出れるだろう。
「ハリー、どうかした?」
ハーマイオニーの声で、はっと我に帰る。
シリウスが帰ってしまったのなら、ハーマイオニーには言わない方がいい。
自分のせいで気を使わせてしまった、と思うに決まっているから。
「いや...なんでもないよ。 コーヒー、いるかい?」
「今は、いいわ。さっき飲んだ所なの。」
あぁ、そう。 ハリーは相槌を返しながら、シリウスの事はひとまず思考から追い出すことに決めた。
何も言わずとも、ハーマイオニーはハリーの横に座る。
ふと、左手の人さし指にはめられたリングが目に止まった。
「...似合うね、そのリング。始めて見た。」
えっ、と一瞬聞き返してから、ハーマイオニーは答えた。
「あぁ、これ。 お母さんからこの間貰ったのよ。昔よくはめてたリングだって。」
「似合うよ、すごく。 親子2代で同じリングなんて、いいじゃないか。」
ハーマイオニーは左手のリングをランプの光に透かすように持ち上げた。
「でも、ね。 私、これよりもっと欲しいリングがあるの。」
ほんのしばらくの、間が入った。
「...でも、手に入らないのよね。絶対、似合うはずなのに。」
「高いの?」
ハーマイオニーの手を持って、リングを眺めながらハリーは聞いた。
「お金の問題じゃないわ。 別に高くない...というか、“高くなくても構わない。”」
「どういう意味?」
「だって、欲しいのはハリーからプレゼントされる指輪。 それも、ここにはめる...ね?」
そう言ってハーマイオニーは、ハリーの手の平を、左手の薬指で軽く叩いた。
意味を悟ったハリーが優しく微笑む。
「なるほど。そういうこ...」
クシュン!!
突然、部屋にくしゃみの音が響く。
...ハリーは、まったく身に覚えがない。
...横にいるハーマイオニーにも、まったく身に覚えがない。
5秒ほど固まってから、ハリーはようやくその音の意味するところが理解出来て...
柄にもなく、顔を真っ赤に染めた。
恐る恐るあたりを見回すと、案の定、ハリーの予感は的中。
まさに今自分が座っているソファーの下から何か黒い固まりが
ごそごそという音と共にのそのそと出てきた。
「シリウス!!」
顔を真っ赤に染めたまま、ハリーの口は名付け親の名前を叫んだ。
「惚気は人のためならず」 Fin.
後書き
祝!HRH全カップリング制覇!!
課題曲、わかりましたか?「ドリフの真っ赤な封筒」です。
さらにプラスして、ほんのごくわずかだけ、ビートルズと五月みどりが入ってます。
探して見てください。
そして、内容ですが。
...吼えメール受け付けます(汗) 小説にシリウスを登場させたことがないので、
『ここ、口調がおかしい!!』という突っ込みどころがあれば、こっそり私にメールを。
でも、皆さん優しい方だと思うので、多分“吼え”ではなく、ただのメールだと思います。
いや、そう願います(笑)
ちと課題曲の選曲がマニアックかもしれませんので、
一番だけ、歌詞を用意しました。→こちら←
ちなみに私は、カラオケでドリフの早口言葉歌っていたりします...。
言えますよ、一応。「隣の竹垣竹立てかけた 向こうの竹垣竹立てかけた」とか(笑)
<---あ!見つかっちゃった!!! 気になる方はここから先、反転ドウゾ。--->
おまけ
「いやー、ははは。 久しぶりに、おっそろしくベタベタなカップルを見...」
シリウスの言葉は、先程まで談笑していた一組の男女の視線にねじ伏せられた。
「...シリウス...本当、心底びっくりしたよ。」
「えぇ。 こんなに印象に残る再会を用意してくれるなんて、ありがたいわね。」
言っている内容は非常に温かい言葉だが、口調はとてもそう聞こえない。
言葉の中に、冷たい鉄の刃が見え隠れする。
「あ、そうかい? じゃあ、よかった。成功だね。これは非常に、おめでたい話だからね。
ルーピン達にも報告して、あぁ、ホグワーツの先生達にも報告しないと。
魔法界でも、まれに見る新婚カップルの誕生だと...」
シリウスが言葉を紡ぐ間にも、二人の視線が放つ温度は一向に改善しない。
その状況を読み取ったシリウスは、言った。
「じゃ、じゃあ、本当にそろそろおいとましないと...失礼しました...」
「逃がすか!!」「逃がさない!!」
見事なチームワークで、片方は玄関へ、片方は窓へ。
出口をふさいで逃げ道を絶つと、ハリーは言った。
「まぁ、おかけください。」
この後、延々数十分にわたって、シリウスがこの二人に捕えられていたのは言うまでもない。
おまけの後書き。
何も、言いません。 逃げます(笑)
あ、逃げる前に。
> 君なら、タイム・ターナーを使って、1週間に8日でも、10日でも来そうだよ。
本編のこの文章内に、先のビートルズと五月みどりが入っています。
おわかりですね、
ビートルズの「Eight days a week」そして五月みどりの「一週間に十日来い」です。
では、今度こそ、逃げます。 さらば!(汗)