「幾度目かのbonehead」

もう何度目になるだろうか。
プロとしてチェス界に入り、トップへの階段を1段どころか5段飛ばし位の勢いで駈け登って行ったロンにとって、
"resign"などという言葉は、はるか昔に置き忘れた気がする。("resign":投了、負けを認める事)
今日の試合でも、ロンは高らかに"checkmate"を宣言し、相手のKingを見事崩落させた。
勿論、相手だってそれなりの力を持ったプレーヤーであるし、ロンが長考に溺れる事もある。
ロン自身は負けることなどなんら問題だと思っていない。ただ目先の試合を楽しんで、
ベストを尽くせばいいのだ。ロンはいつだって、試合を楽しめば結果は後からついてきた。
人々が口々に言う“才能”とは、その事らしいと、ロンは最近になって気がついた。
試合の後、控室の前にどっと押し寄せるマスコミの数からも、その様子は伺えた。
最初のうちは、若手のチェス・プレーヤーがデビューしたもの珍しさで取材が来るくらいだったが、
段々とその頭角を表わすうち、天才プレーヤー、将来有望な若手、等との異名を欲しいままにしてきた。
今では取材を上手くかわさないと、いつまで経っても家に帰れないくらい。

今日もロンはマスコミの取材攻撃を一通りかわし、帰路についた。
週刊誌の特集を紐解くと、ロンのルックスに引かれる女性のなんと多いことか。
但し、愛妻家の異名も欲しいままにしているロンであるから、ハンカチを噛んで悔しがる女性も多いらしい。
一躍、有名人となった今でも、ロンは気取る事なく自分の生活を維持している。
自分の好きなことだけ出来る今、ロンは欲しい幸せを一通り手にしたのだ。

ロンが自宅近くに着く頃には、そろそろ日も落ちてあたりが真っ暗になっていた。
自宅に近づくにつれ、ロンはいつになく奇妙な感覚に襲われた。
何か、胸騒ぎがする。
無視できないほどの違和感が心の中にあるのに、いったい何がおかしいのかまったくわからない。
えもいわれぬ焦燥感が胸につのる。
結局、何ら異常な点を見つけられないまま、ロンは自宅のドアノブに手をかけようとした。
ドアノブに触れる寸前、はっと、ロンは違和感の原因に思い当たった。
まさか、そんな。 ロンは確認のため、ドアから一歩離れ、二歩離れ、三歩離れて、自宅を見上げた。
なかった。
そこにあるはずの、光が。
妻が待っていてくれれば必ずあるはずの、部屋の灯りが、どこにも。

ロンは家のなかに駆けこんだ。普段は滅多に使わないからだろうが、
鍵を出して回す作業が、どうしようもないくらいにもどかしかった。
玄関に靴を放り出し、灯りの消えたダイニングに飛び込む。
灯りをつけても、整然と片付けられたダイニングがあるだけ。
「嘘だろ.....」
そりゃあ、これだけ失敗を繰り返せば、そりゃ理由は簡単に思い当たるさ。
でも、でも。 家を出るにしたって、書き置きくらいする人だと思ってた。
それなのに、テーブルの上は紙1枚どころか、律儀なくらいに奇麗で埃一つ落ちていない。
僕は、そこまで見放されたのか?
念のため寝室も見に行き、ベランダも見てみたが、なにもない。
茫然自失の状態で、これ以上慌てる気力もなく、ひとまずロンは洗面台で顔を洗って、落ち着こうとした。
よろよろとした足取りで洗面台に向かう。
洗面所の灯りをつけて、冷たい水に顔をつけ、顔を上げた時。
まだハーマイオニーに完全には見捨てられていない事を、ロンは悟った。
鏡には、赤い文字で"Find me when you calm!"とあった。
「落ち着いたら、探しに来い...か。」
ロンの行動は、どうやら彼女にはお見通しらしい。

話は朝に遡る。
早くに起きて、仕事に向かうロンのために、ハーマイオニーは食事の支度をした。
特に神経をすり減らす仕事だと思っているので、仕事当日の朝はそのデリケートな神経を
不用意に刺激しないよう、つとめて平静を保つ。
今日もロンの支度が済み、出かけのキスをして家を出かける所まで、
ハーマイオニーはまったく、いつもと同じように振る舞っていた。
ロンが玄関を出て、見えなくなるまで見送って、ハーマイオニーはダイニングに戻ってくると、
大きなため息をついた。
(また、忘れてる。)
壁に掛けてあるカレンダーにはなにも書いていない。
それは、ハーマイオニーが忘れていた訳ではなく、あえて書いていないのだ。
“結婚記念日”くらい、自分で覚えておく物だと思っているから。
結婚してから早数年、もういい加減あきらめてもいいのかもしれないが、
ハーマイオニーにとって、それは非常にしゃくな事だった。
やっぱり、絶対に覚えておいてもらいたいと、思っているから。
ハーマイオニーはトランクを探しに行った。
出かけ際、書き置き代りに口紅で鏡に文章を書いて。
(毎年、家を出るのも楽じゃないのよね。)
人並み以上に好奇心の強いハーマイオニーだから、行きたい場所もたくさんある。
でも、これを機会にと旅行気分であまり遠くに行くと、またなにか困った事になりそうな気がして、
あまり突飛な所には行かないようにしているのだ。
子どもが家出する時の心理と同じ。見つけて欲しいから、家出する。
時折、鬼ごっこのように、ロンは自分を探すのを楽しんでいるんじゃないかと
勘繰ってしまうこともあるが、その度にハーマイオニーは首を振って打ち消している。
自分が信じないと、状況はよくなるどころか、悪くなると思うから。
それでも、結婚記念日が近づくとふとした折りに次の家出先を考えてしまう。
今年は、もう行く場所を決めてある。
ハーマイオニーは家を出ると、迷わず北に向かう列車に飛び乗った。
発車ベルと共に列車はゆっくりと動き出した。
自分の街が、どんどん遠ざかっていく。

空が黄昏に近づきつつある頃、ハーマイオニーは最後の電車に乗り継いだ。
灯りの付き始めた町並に、車のヘッドライトの流れを見つめて、物思いに耽っていた。
まだ、家には着いていないだろう。
ロンがメッセージに気付く頃には、とっくに目的地に着いている。
列車が、プラットホームに滑り込んでいく。

ロンは電話に飛びついて、ハリーの家に電話をかけていた。
「当り前かもしれないけど、携帯も繋がらないんだ!!どうしよう、ハリー!」
「そうなるだろうと思って、ドラコの家から早々に帰って来たんだよ。」
「そっちにはいないの??」
「あぁ、いないよ。 さっき言った通り、今日はドラコの家に用があったから、家を空けてた。」
「本当だな!?」
「しつこいなぁ。本当だよ。 なんならドラコに電話してごらん。ちなみに、ドラコの家にもいないよ。」
「....じゃあ、ハーマイオニーはどこに行ったんだ....」
「灯台、下暗しじゃないの? 一番最初にハーマイオニーが行ったの、どこだっけ。」
「...僕の...実家...」
「思い当たる所は一通り行き尽くしたから、元の場所に戻ったんじゃない?」
「...かも。ありがとう、ハリー。」
「頑張れよ。 この借りはしっかり返してもらうからね。」
ロンは、電話を置いた。 すぐに出かける支度をしなくちゃならない。
フルーパウダーは丁度切れていた。 あったとしても、ハーマイオニーが隠しているに違いない。
出る前に実家に電話しようとした時、あけっぱなしだった窓からふらふらと、ふくろうが一匹入ってきた。
「エロール?!」
どうやら速達で送れと命令されたらしい。 エロールは老体にむち打って、途中休まずに来たらしい。
もう飛べない位に疲れているはずなのにエロールは手紙を渡すとさっさと窓から飛び立っていった。
ロンからお礼ももらわずに、だ。
手に残された手紙をみて、ロンは絶句した。
「嘘だろ....。」
吼えメールだった。

『ロン!!! こんなに良く出来た奥さんもらっておいて、
また今年も結婚記念日を忘れるとは何事ですか!!!
私はハーマイオニーが家に来たときは恥ずかしいやらもうしわけないやらで
顔から火が出そうだったよ!!!
とっとと家まで向かえに来なさい!!!』

赤い封筒は、ひとしきり怒鳴り終えると勝手に燃えて消えた。
脂汗を流して、ロンは床にへたりこんでいた。
「...こ......こんなの.......ホグワーツにいた時以来だ....」
3分後、ようやく息が整ったところで、ロンは玄関を飛び出して。駅に向かってただひたすら走り出した。
駅に向かって、列車に乗って、それで....
疲れで朦朧となった頭に、ふと考えがよぎって、ロンは急ブレーキをかけて止まった。
「バカか、僕は...姿あらわしがあるじゃないか。」

ロンが鏡に書かれたメッセージに気がつく1時間前には、ハーマイオニーはロンの実家に着いていた。
「まぁまぁ、ハーマイオニーちゃん、一人でどうしたの?」
突然の訪問にも関わらず、笑顔で向かえてくれたモリーおばさんに事の顛末を話した。
そして、大至急吼えメールを送って欲しいとも。
話が進むにつれ憤慨して聞いていたモリーおばさんは、二つ返事でエロールに吼えメールを持たせた。
結果、ジャストのタイミングで恐怖の吼えメールはロンの手元に届き、
吼えメールの恐ろしさを知っているエロールは仕事を終わらせるなり、そそくさと逃げ出したという訳。
モリーおばさんが入れてくれた紅茶を飲みながら、嫁と姑はずっと話し込んでいた。
「あれで、すこしはロンも懲りたかしら?」
「あれで懲りなかったら 拳骨のひとつも食らわせてあげなさいよ。」
等と、ロン本人が聞いたら大汗たらたらだろうという会話を交していた時、
外から誰かが滑って転ぶ大きな音が聞こえた。
二人は思わず顔を見合わせた。
「「来たみたいね。」」
その2秒後、ドアを蹴破るようにしてロンが入ってきた。
「何!どうしたの、その格好?!」
ハーマイオニーが驚くのも無理はない。
ロンが着ているのは一張羅のスーツ。 その左半分がどろどろの泥だらけになっていたから。
「姿表わししたら、着地点が悪くてさ。片足バケツに突っ込んでいるのに慌てて走ろうとしたから。」
転んじゃったよ。慌て者だね。 ロンは自嘲ぎみに笑うと、急に真面目な顔をして、言った。
「向かえに来たよ。ハーマイオニー。帰ろう?」
ハーマイオニーに手を差し伸べるが、ハーマイオニーはそれに応えようとしない。
「結婚記念日のお祝いは用意した?ちょっとやそっとじゃ許さないわよ。」
「そりゃ、もう。」
一呼吸置いた後、ロンはしずかに言った。
「そういうと思って、無限のお祝いを用意したさ。」
モリーおばさんが、『後は勝手にしなさい』と席をはずした。
「何を?」
「ぼ、く。」
数秒の間を置いて、ロンはつぶやくように言った。
「今の君には最高の贈り物だと思うけど。」
数秒かけて、ハーマイオニーの口の端がつり上がってくる。
もとい、にやけてくる。
「帰ったら、たぁぁっぷり反省してもらうわよ?」
「あぁ。 そのためには、一抱えの薔薇だろうが車にも載りきらないようなケーキでも用意してあげるさ。」

帰りの道のりは、新婚旅行のような甘々ぶりだったとか。
ハーマイオニーとハリーに作った借りは、返済に困るほど大きい事に気付くのは、
これから数日後の事である。

幾度目かのbonehead Fin.

後書き
課題曲は「ルージュの伝言」です。 キキ〜!!じゃなくて。
見え透いた、魔女つながりです(汗)
ハーマイオニーをキキとすればクルックシャンクスはジジ。
ロンはトンボになって、モリーおばさんはオソノさんですか?
アーサーが旦那さん。ウルスラは...誰だ?(妄想中...)

冗談はさておき。
ロニィ坊や受難小説第1段です! いや、喜んで紹介するとロンがかわいそうですがね。
嫁と姑がタッグを組むと...こんな恐ろしいことになります。
世の中の男性諸君、注意しましょう。
世の中の女性諸君、お手柔らかに(汗)

っていうか、高校生が書く後書きですか?これ(笑)