聖夜特急 後編
誰かが呼んでいる。ダーズリーおばさんか? 起きて朝ご飯を作らないと...
目を開け、手探りでメガネをかけると、寝ぼけていた頭が一気に覚める。
そっか。ハーマイオニーの家にいるんだっけ。
1階からハーマイオニーの声が聞こえる。扉に向かって大きく返事を返し、
ハリーは慌てて着替えて階段を降りた。
「おはよう、ハリー。もう食事の支度整えちゃったわよ。」
「おはよう。 あれ?君だけ?」
ハリーはダイニングにハーマイオニー以外誰もいないことに気がついた。
「もう二人とも準備に行っちゃったわ。先に食べましょう。冷めちゃうわ。」
プレートの上のスクランブルエッグが湯気を立てて、ハリーの食欲を刺激する。
「「いただきます。」」
しばらくは黙々とフォークを動かしていたが、皿の中味も半分ほどなくなってきた頃、
急にハーマイオニーが言った。
「おいしい?」
「うん。とっても....え、もしかして君が作ったの?」
ハーマイオニーは満足げに微笑んで言った。
「もちろん。両親とも早くに出てしまうし、お客様に冷めた料理を出す訳にはいかないから
今日は自分で作りなさいって。私も嫌いじゃないし。」
ハリーはハーマイオニーの意外な一面を見た気がした。
おいしい朝食のお礼にとハリーは食器を手早く洗い、全て磨き上げた。
最後の一皿を磨き終って棚に戻すと、ハーマイオニーが後ろから呼んだ。
「ハリー、医院に行くわよ。すぐ、出るからね。」
「えぇ?行ってどうするのさ。僕は別に...」
ハリーは最後に手を洗いながら声だけで答えた。
「二人とも、ホグワーツでは歯磨きの指導が徹底されていないんじゃないかって。
全寮制の学校じゃ満足に検診も出来ないからやっていった方がいい、って
1週間も前から勝手に予約入れてたのよ。そろそろ開院の時間だし、一応手順通り
問診表も書かないといけないから。」
ハリーはあまり気が進まなかったが、そこまで言われると断わる訳にもいかないので
渋々、検診を受けることにした。
無意識に不安な表情を浮かべてしまっていたのだろうか。キッチンから出てきたとたんに
ハーマイオニーに笑われてしまった。
「そこまで心配しなくても良いわよ!終ったら街に出かけましょう?後に楽しみがあれば怖くないから。」
なんだか子供扱いされたようで、ハリーはますますふてくされそうになった。
待合室に入るなりハーマイオニーはちょっと待ってて、と奥の部屋に入って行ってしまった。
ものの数分もたたないうちにまた奥からぱたぱたと足音がして、受付の窓からひょこっと顔を出した。
髪を後ろに結い上げ、白衣を着た、およそ今までからは想像のつかない格好で。
「あっ、えぇっ?」
ハリーは思わず素頓狂な声を上げてしまった。
「診察室で仕事するにはこれ着てないと。じゃ、この紙に書いてくれる?」
曖昧に返事をしながら紙を受け取り、ハリーは質問に答えを書き始めた。
「『冷たい物や熱いものが歯にしみる』事はなし、っと。ハーマイオニー、書けたよ。」
受付でなにやら書類を作っていたハーマイオニーは顔を上げて用紙を受け取った。
「じゃ、中へ。ハリー・ポッターさん。」
ロンが見たらどんな顔をするだろう?今年は土産話がたくさん出来そうだ。
「いらっしゃい。ハリー・ポッター君。」
明るく小ざっぱりとした診察室の中に入って診察台に座ると、お父さんがにっこりと笑いかけて来た。
「うちの看板娘には驚いたかい?」
「えぇ、とっても。」
「ふむ。ここだけの話、今日はいつもより意気込んで仕事をしてるんだよ。いったいどうしたんだか。
ほら、まだ言ってもいないのにもう道具を揃えてる。」
言われてハリーも視線を横に向けると、棚から金属バットにミラーやら、ピックやらを乗せて
ハーマイオニーがこちらに向かって来ていた。
お父さんはにっこりしてその道具を受け取った。
「たぶん、君がその理由だよ。はい、口開けて。」
自分が理由?ハリーはそう聞こうとして口を開いたが、すぐに何も話せなくなってしまった。
歯に金属が当たるのは慣れるまでなんとも気味の悪いものだ。
ハリーも数回、中から響く金属音に顔をしかめたが、直ぐにおさまった。
「はい、終わり。」
使っていたミラーを横のハーマイオニーに渡し、やっとハリーは口を閉じることが出来た。
「異常なしだね。でも、気を抜くとすぐに歯に響くから、気を付けなさい。」
「先生、一つだけ聞いて良いですか。」
ハーマイオニーが奥に行くのを横目で確認してから、ハリーが切り出した。
「この検診を提案したのは誰です?先生?それとも...」
お父さんがひとつウィンクしてから言った。
「言ったでしょう?今日の彼女はやる気があるって。それが答えだよ。」
ハリーは一つ頷いて、席を立った。
お父さんは奥から戻ってきたハーマイオニーと、二、三言話してから入れ替わるように奥へ行ってしまった。
ハーマイオニーももう既にいつもの服に戻っている。
「じゃ、ハリー、行きましょうか。街に出て買い物。」
「うん、あっと...そういえば君のお母さんは?」
「急用で出かけなくてはならなくなったそうよ。直ぐにお父さんも行くって。
夕飯までに帰ってこられるかわからないから....また料理を作る事になっちゃったわね。」
「いや、とんでもない、嬉しいよ!うん、よし!じゃあ僕も手伝おう。行こう!」
そういって、二人は街に出た。
珍しくはしゃいでいるように見えるハーマイオニーと、ハリーはあちこち街を歩き回った。
ハリーも街を歩き回るのは好きなので、本当にあちこち覗いて回った。
まるでハリーが始めてダイアゴン横丁に来たときのように。
昼食に入った喫茶店では大きなバゲット・サンドを仲良く分けて、少し贅沢にデザートも食べたりした。
大きな口をあけてサンドウィッチをほおばるハーマイオニーを見て、ハリーが思わず笑ってしまった。
「君がそんな食べ方をするところ、始めて見たよ。」
ハーマイオニーが澄まして切り返した。
「ハリー、口にクリームがついてるわよ。」
慌てて口を拭くハリーに、ハーマイオニーも笑ってしまった。
空腹が満たされて、心地よい満足感が二人を包む。
夕方頃、二人はたくさんの荷物を抱えて家に戻ってきた。
すぐに材料を広げて料理にとりかかる。
牛肉、玉葱、人参...ビーフシチューを作るつもりらしい。
「ハリー、そこのバターを...どうしたの?」
ハリーの目から一筋の涙が流れている事ににハーマイオニーが気がついた。
「玉葱がずっと目の前に盛られていればこうもなるさ。」
野菜を刻んでいたハリーが袖で赤い目を拭って答えた。
「わぁ!ごめんね。そうだった、刻んでもらってからそのままだったわね。」
慌てて自分の方へボールを退けるハーマイオニー。
「ハリー、どうかした?」
「あ、いや何でもない。次は...牛肉か。」
受け取ったバターで手早く玉葱を鍋に移すその姿を見ながら
絶対にいい奥さんになるだろうな...という想いがハリーの心を一瞬かすめた。
またも始めて見た、ハーマイオニーのエプロン姿に重ね合せて
その想いは一層強くなった。
「「乾杯!」」
グラスの中には赤い液体。見るからに...
「で、いいの?僕達がこれを飲んで。」
「別に、構わないんじゃない?これくらい。シチュー用のワインが余ったんだから。」
「本当に、君も規則を破るのに慣れたみたいだね。」
「あら、誰のせいだったかしらね。」
ハリーは何も言えずにワイングラスを口に運んだ。
「さ、おいしそうだ。早く食べよう!」
ハーマイオニーも笑ってシチューを食べ始めたが、ハーマイオニーはハリーの目が泳ぐのを見逃さなかった。
それだけ、ハリーは私に影響しているという事ね。
飲んでいるのは少しずつとはいえ、ハリーの顔もハーマイオニーの顔も赤く色づいていく。
食事が終わる頃には二人の顔はすっかり上気していた。頬が桜色に染まっている。
「ハーマイオニー、顔が赤いよ?大丈夫?」
「あらハリー、あなたもよ。ふふっ、酔った人に酔った事を心配されるなんてね。」
「それは嫌み?」
「いいえ、遊んでるだけよ。さ、こうなったら早く寝ましょう。ばれたらそれこそ大変。」
ハリーがくすくす笑った。
「自分で言い出したのに。ま、確かにばれたら大変だね。」
すっかり食器を片付けてから上に戻ろうとした時。
手すりを持とうとして偶然ハリーの手とハーマイオニーの手が触れた。
「ハーマイオニー、手が熱いよ。」
「あなたの方こそ、熱いわよ。大丈夫?」
「大丈夫。君の手、温かくて気持ちいいや。」
「そう?」
そう言ってハーマイオニーはハリーの両手をぎゅっと握ってきた。
ぽかぽかとした人の温かさがお互いの手を通してお互いに伝わってきた。
昨日のハーマイオニーの温もりと一緒だな、とハリーは思った。
ただ温かいだけじゃない、人の心まで伝わってくるような感覚。
廊下にじわじわと押し寄せてくる冷気が二人を包んでも、
自然と二人はお互いの手をよりしっかりと握って、
体を寄せあって階段を登っていくのであった。
それから数日後の朝、ハリー達が学校へと戻る日がやってきた
「ハリー!荷物は?」
「大丈夫。今行くよ。」
ヘドウィグの入ったかごを抱えてハリーが階段を降りてきた。
「よし、それじゃあ行こうか。ハリー君、後ろに乗って。」
荷物をトランクに積み、ハリーはドアに向かっていった。
「いろいろありがとうございました、ミセス・グレンジャー。」
「また、いつでもいらっしゃいね。さ、乗って。急がないと。」
ハリーはちょっと一礼して車に乗り込んだ。
あっという間にキングス・クロス駅に到着し、また荷物を運び出す。
「ハーマイオニー、先に駅に向かっていてくれるかな。すぐ追いかけるから。」
ハーマイオニーが頷いて駅に向かって歩き出す。
ハリーの荷物を後から運びだし、それじゃあと言いかけたところでお父さんが先に口を開いた。
「娘を、よろしくな。」
そう言って片目をつぶっておどけて見せる。予想外の事にハリーは目をぱちくりさせた。
「とぼけてもだめだよ。わかってるんだから...ね。」
ハリーは思わず頷いて、車を離れようとした。
「あぁ!それともう一つ。」
ハリーが後ろを振り返る。お父さんが近づいてきて言った。
「あまり、飲みすぎないように。」
「えっ...?!どうして?!」
お父さんが突然笑い出した。
「はっはっ、君がそう言うということは本当に飲んだということだね。
キッチンにワインの空き瓶があって、ワインのグラスが2客、私が置いた所から動いていたのさ。
確証は無かったけど...君が自白したね。」
またまた予想外の事にハリーは思わず頭を押さえた。
「大丈夫、咎めやしないよ。さ、行きなさい。女の子を待たせるのはよくないぞ。」
今度こそハリーは、駅に向かって歩き出した。
「ハリー、いったい何をお父さんと話していたの?」
駅で合流するなりハーマイオニーが聞いてきた。
「何でもないよ。お礼を言っていただけ。さ、コンパートメントは...」
今日は自分からハーマイオニーの肩を借りようかと心の隅でハリーが考えていたかどうかは定かではない。
ハーマイオニーも、もしかしたらハリーの肩を借りようとした...かもしれない。
もっとも、そんなことを二人とも話してくれるはずはないが。
聖夜特急(後) Fin.
後書き
前編公開から随分間が開いてしまいましたが完結です。
こんなシーン、あっていいのか? よい子の未成年の皆さん、真似してはいけません。
お酒は20歳から(笑)です。(えっ?どうして未成年の私が書いてるかって? 気にしないで下さいな。)
あと珍しいのは衣装か...。別に、私の趣味じゃないですよ。本当に。
料理しているハーマイオニーは書きたかったですね。いや、見てみたい。
私、喜んで手伝いますね。料理、嫌いじゃない...というか家事全般そこそこしますので。
ギャラリーに戻る
Topに戻る