「The frailty, be ambitious!」

〜そこのへたれ、大志を抱け!〜

「ねぇ、パーシー。」
静寂という名の硝子細工を取り壊すかのように、ロンは口を開いた。
パーシーは黙々と手を動かし、視線は羊皮紙の上を滑るペン先と、インク瓶、
傍らに詰まれた本の間をせわしなくめぐるだけだった。
声をかけられても、まるで聞えていないとでも言うようにパーシーの目はこちらを向かない。
次の瞬間。
ぐにゃりとその空間が蜃気楼と化し、違う光景が目の前に広がった。
「ねぇ、ハリー。」
「ねぇ、ジョージ、フレッド?」
場所や時間こそ違えど、
声をかけては、相手が返答を返す前に姿が消えていくのは皆同じ。
「ねぇ、ハーマイオニー?」
また、目の前に陽炎が立った。
あぁ、ハーマイオニーもか...
一抹の不安を覚えたその瞬間。

ロンは汗だくになって、ベッドから跳ね起きた。
「……夢……」
心臓が、痛い。
大きく息を吸い込んでも、大きく息を吐き出してもなかなか動悸が収まらなくて、
ロンはベッドを抜け出した。
カーテンの隙間から外を覗くと、まだ太陽も出ておらず、空にはたくさんの星が散り、
大分西へ傾きつつあるものの、まだ煌煌と金の光を投げ与える月が見えた。
さっきの夢のせいで、到底眠れそうにないロンは、ふと思い立って
静かに自分の上着を手に持つと、しずかに、屋上へ向かって歩き出した。

外に出てみれば、夜明け前の空というのは案外明るいもので、
遠く東には、かすかに太陽が見えるか見えないかといったところ。
学校の周りを取り囲む木々が、風に遊ばれてざわざわと静かな声をたてている。
ほほを撫でる風が、火照った体に心地よかった。
森の木に重く被さった闇が少しづつ薄れ、深緑の輝きを取りもどしていく。
ぼうっと、ロンはその景色を目に映していた。
どこに焦点を合わせるでもなく。反転した世界を映す、艶やかな潤みを持った瞳の向こうに。
どんな思いを錯綜させているのか。 他人には知る術もない。
風にさらされた耳たぶが、懸命に体温を維持しようとその端から徐々に朱を散らし始めた頃。
ロンは突然肩に、暖かい僅かな重みが加わったことに気付いた。
「あぁハリー、サンキュ。マフラー持ってきてくれたのか。」
「首が冷えると風邪引くしね。」
ハリーは自分の首に巻いたマフラーをきゅっ、と締めて、ロンの横へ。
「ロンが突然飛び起きたからさ。 心配になっちゃって。」
僕まで眠れなくなっちゃったよ、とやさしい声で言う。
「起しちゃったか、悪いことしちゃったね。」
「謝らなくていいよ。夢の内容は、自分じゃどうしようもない。人が外からいじることは可能だけどね。」
体はまだ起きたばかり。 エンジンの動いていない体のペースに合わせて、ゆっくりと二人は会話する。
「今日の夢を誰かが故意に見せたんなら、とっちめてやるよ。」
「嫌な夢だったみたいだね。」
太陽が、その輝きを僅かに強めている。
「ん。やな夢。」
朝の気配が、その歩調を速める。
「...聞いてもいい?」
「...何を?」
「夢の中身。 なんか、すごく辛そう。」
あぁ... つぶやくような声で、ロンは言葉を捜し始めた。 夢の記憶を手繰り寄せて、人に伝えるのは容易ではない。
まして、結構説明するには不条理なことばっかでもあるし。
それでも、ぽつ、ぽつと言葉を拾い上げては、ハリーに伝えていった。
ひとしきり話し終わると、ハリーはその整った顔立ちにしては子供っぽく小首を傾げて考えて、やがて思い至ったようにつぶやいた。
「...あ。」
「なんだよ。」
ロンには、それが焦らされているように感じてならない。
「最近さ、フレッドとか会った?」
「あー、昨日だったか、廊下を彼女と歩いてたな。それがどうかした?」
やっぱりか...などと。ごにょごにょ口を濁らすハリーに、さすがのロンも少し気になりだす。
「ん、ロン。 その様子見ててさ、うらやましいと思わない?」
「そりゃあ、彼女がいたら、いいなぁくらいには思うよ、僕だって。」
と、唐突にハリーが深く長い落胆のため息を吐いた。
「...そりゃあ僕も思うけどさ、男だし。 でも、僕がその台詞を言っても、その意味は本質的に変わっちゃうよね...」
「どういう意味さ。」
「え。 僕の言う“彼女”は代名詞、君の言う"彼女”は固有名詞、ってこと。」
「っな、僕には誰か特定の人がいるって言うのか、ハリー?」
「いるいる、それもめちゃくちゃ身近に。」
「誰さ?」
「え、自分でわかってないの??」
太陽が顔を出し、周囲が明るくなるのを待っていたかのように二人の会話はその速度を増していく。
言葉のキャッチボールは準備運動を終え、やっと本番に差し掛かった。
「わかってないから聞いてるんじゃないか。」
「...夢の最後にハーマイオニーが出てくるのが、一番の証拠だと思うんだけど。」
「....な....」
ロンが、投げられた言葉を取り損ねて、キャッチボールは一時中断。
そうかそうか、気付いていないからその不安が夢に現れたのか...などと、いっぱしの精神分析家っぽく
ロンの心理状況をまとめて、ハリーはロンの肩をぽんとたたいた。
「返答できないことこそ、僕の答えを証明する必要十分条件だよ。」
「そう、かなぁ...。」
「思い当たる点はあるんじゃない? あれだけ仲良くしててさ。 それとも、わざと気付かないフリしてた?」
かぶりを振って、なんだか相談したつもりが逆に悩みこむ羽目になったロンを見守りつつ、
ハリーは耳元でささやいた。
「後は、自分次第だよ、ロン。 待てどくらせど来ぬ人を、ってな方も辛いだろ?」
「...おい、それ、どういう...」
明らかに深意のあるハリーの台詞に、ロンはつっかかった。
当のハリーといえば、もうその足を階段のほうへと向けつつ、最後通告とばかりに言ってのけた。
「へたれなロニィ坊や、大志を抱け。 今回は信じてよ。損はさせない。」
言うが早いか、ハリーはそそくさと階段を走り降りた。
「その呼び方は使うなって、あっ!おい!待て!!」
時はもう朝、 皆の目覚めの鐘までは、後20分程。

待てど暮らせど来ぬ人よ、宵待ち草のやるせなさ。

ベッドで静かに寝息を立てるハーマイオニーは、
もう半年以上、毎晩寝るときにロンの写真を、
枕の下に忍ばせていることを。 ロンはまだ知らない。

Fin.

後書き
んー、珍しくシリアス。 ハリーが良い格好してて、久々に真っ当な小説書いた気がします(苦笑)
しかし、底の方に相変わらず砂糖の層が沈んでますな(汗)
ちなみに、ハリーの精神分析、かなり誘導っぽいです。
精神分析はもっとじっくりと、自発的に話すのを待つものですが(フロイトによれば。)
ま、この場合は誘導すべき先がハリーには見え透いている、って事で。
問題ないでしょう。

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