「海が呼んでる」
[序章]
今年も、暑い季節がやってきた。
ホグワーツは今、夏休みに入って1週間もたとうかという頃。
皆それぞれの家に帰って思い思いにのんびりしたり、宿題をこなしたり、しているであろう。
ハーマイオニーも類に漏れず、といいたい所だが、実はそうでもなかったりする。
宿題をこなしているかと言えば、彼女にしては珍しくまだ一向に進んでいない。
さりとて、日頃の勉強から解放されて束の間の休息を楽しんでいるかと言えば、意外とそうでもない。
教科書を開いてみても、内容がなかなか頭の中で処理されないのだ。
自分の机で、大きな教科書を早々に閉じると、ハーマイオニーは窓の外を見ながら
帰り際の特急で、 特急がキングス・クロスに近づいて来た頃、ハリーが言った台詞を思い出した。
「ハーマイオニー、長い事ロンの顔が見れなくて、寂しいんじゃないの?」
「まさか、そんな訳ないでしょう?それを言うとしたら、ロンの方じゃないかしら?」
「僕?!まさか!!」
「そういうの、ホーム・シックじゃなくて、ロニィ・シックって言ったほうがいいかもね?
あ、ロンの場合はハニー・シックだからね。お間違いなく。」
「「!!!ハリー!!!」」
にたにたと笑いながら言うハリーに、顔を真っ赤にした二人が異口同音に突っ込みを返したのは
言うまでもない。
あの時、ハリーのやっかんだ言葉にハーマイオニーは憎まれ口ともとれるような台詞を返して、
冗談として笑い飛ばしたのに、いざ夏休みになると
3日目くらいからそわそわと落ち着きがなくなり、5日目くらいから段々と物事が手につかなくなってきた。
「ハリーの言ったこと、本当になりそうね...。」
ぼそりと、ハーマイオニーがつぶやく。
勿論、手紙のやり取りはしているが、普段一緒にいると、どうしても、顔を見ないと落ち着かないのだ。
机の上に突っ伏して、ハーマイオニーは、今日もそれ以上本を開けようとはしなかった。
結局、そのまま夕食の時間となり、そして丁度夕食を食べ終わった頃。
ハーマイオニーはかすかに、何かが窓を叩く音を聞いた。
それに気付いた途端。すくっ、とハーマイオニーは何も言わずに立ち上がり、
一目散に音の出るほうに走っていった。
その敏捷さには、ハーマイオニーの両親も目を丸くしていたが、
薄々事情に気付いているためか、何も言わずに、見守っていた。
予想通り、窓にいたのはふくろう。それも、見慣れた封筒をくわえてだ。
間違いない、ロンからの手紙。
大急ぎで封を開けて中を見るなり、ハーマイオニーの顔がどんどんほころんでいく。
はたしてロンは、二人で海に行こうと誘ってきた。
この時期に誘うとは、はてさて偶然なのか、それともロンはハーマイオニーの気持ちをわかっているのか。
いずれにしろ、一も二もなくハーマイオニーはYesの文字を綴るために引き出しから便箋を取り出した。
[第1章]
『二人っきりで、海行こうよ。 折角の夏休みだしね?』
ロンは、そんなくだりを書き添えてハーマイオニーを海に誘った。
(...だからって、こんなにトントン拍子に話が進むと、かえって申し訳なくなるなぁ...)
ついぞこの間まで、自分は恋愛なんて縁遠い人間だと思っていたのに。
今はもう、となりに寄りそう女の子に首ったけだ。
実際今日だって、フレッドやジョージに冷やかされながら家を出てきた。
こうなったら、あの双子より先にプロポーズして結婚しようか、なんて考えが突然泡の様に浮かび上がり、
ロンは慌てて取り消した。
「何?急に動いて。どうかした?」
「え?あ、いや。その。 ちょっと...ね。」
しどろもどろになって、ロンが言い訳を考える。当り前だ。まだ本当の事なんて言える訳がない。
「ふーん、何かやましいことでも考えてた?」
鋭く刺さるハーマイオニーの言葉に、ますますロンは顔を赤くする。
悪循環としか言いようがなかった。
回らない口で何か言おうとロンが躍起になると、ハーマイオニーは一転して表情を緩め、笑いだした。
「なによ、そんなに慌てると本当にやましいことを考えてた見たいじゃない。」
...ロンは、一緒に笑ってごまかした。
ごまかしている途中で、ふと頭に引っかかるものが。
...さっき、僕は何を考えた?...
...えっと...言い訳を考え始めたとき...
そこまで思い出して、またロンははっとした。
『“まだ”本当の事なんて....』
これって、つまり、その、いつかは言うって事?!
新たに浮かび上がった混乱を、ロンは必死に表に出さないよう、抑えつけた。
その甲斐あって、1分ほど立った後には、大分混乱も納まっていた。
「ねぇ、ロン?」
耳元で甘えた声を出されて一瞬、びくっ、とロンの肩が緊張した。
「なんでまた急に、海に誘ったの?」
跳ね上がった鼓動を何とかなだめて、ロンは口を開いた。
「あー、その...すっごく、会いたくて...さ。 なんか1週間も会わないと落ち着かなくて...。」
「あら、じゃあまったくの下心から私を誘った訳?」
ハリーや、他の知り合いの目がないと、ハーマイオニーはこんな会話をするのだろうか。
「え?下心?? や、そりゃない!」
また赤くなって来たロンの顔を見て、ハーマイオニーがまた笑う。
「いいのよ、別に。私も会いたかったから。 すっごく、嬉しかった。」
楽しみましょうね? そう言ったハーマイオニーの言葉はとっても楽しそうで、優しそうで。
実は密かに結構下心のあったりしたロンはもう、舞い上がりそうなぐらい。
砂浜にはじりじりと焼き付くように太陽が照っていた。
まさしく、絶好の海水浴日和。二人とも、手早く水着に着替える。
始めてみるハーマイオニーの姿と暑さとでまた顔が火照ってきたロンは
慌てて太陽を背にして、それを隠そうとする。
「...ロン、暑い? 顔が赤いわよ。」
もっとも、無駄な抵抗のようだったが。
「え?あぁ、うん。暑いね。 早く行って泳ごう?」
ロンは手でクロールの動きをしながらはしゃいだ。
くすくすと、ハーマイオニーの笑い声がする。
「踊ってるみたいよ、その動き。 確か...スイムって言ったかしら。」
「ん?何ならボックスとかスネークとかマッシュポテトとかモンキーとか...」
「あきれた、冗談で言ったのに。 そんなに踊れるの?」
「ま、知ってるだけ。 なんなら踊ってみる?帰りにディス...」
「ダメに決まってるでしょ!」
ぴしゃりと、止められるロン。
「まぁまぁ。これだけ楽しいと、踊りたくもなるさ。」
「じゃ、波打ち際まではムーンウォークで来てね?」
そう言ってハーマイオニーはとっとと波の打つ方へ歩いて行ってしまった。
「あっ、おい!ちょっと!いくらなんでも無理だって!!」
勿論、ハーマイオニーの顔は眩しいくらいに笑っていて、
ロンだって、冗談めかして笑うことが出来る。
熱い砂を飛び越すように、ロンは飛び跳ねてハーマイオニーを追いかけた。
[第2章]
太陽が呼んでいるから。 夏の太陽が元気をくれるから、人は海に行く。
太陽の光をいっぱいに浴びて、楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。
真上に昇っていた太陽も、気がつくとはるか南の水際に落ちていたりして。
あたりは一面の、オレンジ色。
少しづつ、少しづつ、砂浜から人影が消えていく。
「ハーマイオニー、そろそろ砂浜の方に行こうか?」
最後まで、粘って海で遊んでいた二人も、さすがに日が暮れると寒くなってくる。
「そうね。上がりましょうか。」
遊びに夢中で気がつかなかったが、上がってみると結構二人とも肌が焼けていることに気がついた。
水着を少しずらしてみると、見事に皮膚が色分けされているのがわかる。
「結構、焼けたわね。」
「ずっと、遊んでたからね。砂浜にいた時間より水の中にいたほうが長かったかも。」
「でも、楽しかったわ。 まだ、遊び足りないくらい。」
「だ、ね。 楽しかった。」
ゆらゆらと、はるか遠くの海に太陽が落ちていく。
太陽のオレンジと、夜の青が混ざる、ほんの一時の時間。
「すごく、奇麗な光だね。ほんの5分くらいしかこの色は見れないんだね。」
二人で一緒に沈み行く太陽を見ながら、ロンがつぶやく。
「ロン、何か忘れてない??」
「え?忘れてる??」
ひょいと、隣のハーマイオニーを見ると、じっとハーマイオニーがこちらを見つめている。
5秒ほど、ロンはそのまま固まって考えて、あぁ、と納得した。
「可愛いよ、ハーマイオニー。」
茶目っ気にウィンクまでしてみたりするものだから、驚いて固まったのは、ハーマイオニーの方だった。
「...良くわかったわね...」
「だてに君で苦労してないからね。」
「ま。それじゃ私がロンをいつも苛めてるみたいじゃない。」
「気にしないの。 そこが好きなんだから。」
顔から火が出そうな台詞をさらりと言ってのける。
「今日出かけた事、ハリーに言ったらなんて言うかな?」
「...言わない方がいいかも。面倒な事になりそうね。」
やきもちを焼いてるハリーを想像して、ロンは思わず噴き出してしまった。
「じゃ、絶対、内緒。 ね?」
「内緒の印は?」
もう日も沈んで、砂浜には最後のかすかな光が届くだけ。
薄明りに照らされたハーマイオニーの表情を見て、ロンが表情を緩める。
ロンは、唇で唇をふさいで、内緒の印にした。
金色の砂の上で。 珍しく素直な二人。
帰りの駅に向かう道すがら。
名残惜しそうに、ゆっくりと歩く二人の姿があった。
「ねぇ、ロン? 相談なんだけど。」
「相談?」
「...今晩、泊まっていい?」
家に帰る気、しなくなっちゃった。
思わぬ爆弾発言に、ロンの動きが思わず止まる。
「そりゃあ、いいけど...いいの? 家は。」
「最後に、電話するわ。」
「本当に大丈夫?」
「私が言い出したら聞かないこと二人とも、良く知ってるもの。」
「どうせ止めたって、聞かないんでしょ?」
ロンの皮肉から数拍間を置いて、ハーマイオニーが言った。
「そうとも言うわね。」
二人の楽しいバカンスは、あと数日続きそうな予感。
もとい、無理にでも続けるつもり。
海が呼んでる Fin.
後書き
課題曲は二つです。
第1章(主としてロンサイド) 「シーサイド・バウンド」ザ・タイガース
第2章(主としてハーサイド) 「恋のバカンス」 ザ・ピーナッツ
どちらにも、定冠詞“The”がついているのは、偶然です。
密かに(?)苦労してるのね...ロン君。
イギリスの海岸、ってイメージがないので、頭の中に描いていた景色はなぜか鎌倉由井が浜...(笑)
駅舎は江の電っぽかったな....(なぜ?)