「Melt with Hi-fever,Hi-tenshon.」

咳が出る、喉が痛い。
鼻が出る、くしゃみが辛い。
熱が出る、体がだるい。

僕は陽の当たる窓際の席で、黒板にチョークの当たる小気味良い音をBGMに
明後日の方向を見ていた。
朝方、突然鳴った携帯電話が頭の片隅に引っかかり、どうにも
授業を落ち着いて聞いている気にはなれない。
「…おい!聞いてるか?!」
「え、あ、はい?」
僕は思わず寝ぼけた声を出して声に答えた。
「うたた寝なんかしないでちゃんと聞いてろ!」
そのおかげで、回りにはうたた寝をしていたように見えたらしく、僕はほっと安堵した。
何を考えていたのかなんて、問い詰められると返事に困るからなぁ...。
いくら嘘でないとはいえ、彼女が寝込んでいて心配、とはちょっと言い辛い。
まして、年下で、双子で、両取りなんて。
僕は自分で考えて、思わず自分ですこし頬を赤らめてしまった。
南からわずかに西へ傾きかけた太陽が、その頬を焼くように暖める。
夏でもないのに、日焼けしているような感覚に襲われた、その時。
待ちに待った、授業終了の鐘が思考を現実に引き戻した。

授業が終ったって、すぐに帰れるわけじゃないんだよな。
無駄に長引くホームルーム...いや、時計を見る限り、いつもと変わらないのだけども。
ホームルームが実に無駄な時間のように思えた。
まぁ、普段からほとんど聞いていないような物なんだけど。
我慢できずに、僕は掃除当番をすっぽかして、門をくぐった。
目指すは自宅ではなく、小さなガールフレンドの家。
歩きが、走りへ変わる。

咳が出る、喉が痛い。
鼻が出る、くしゃみが辛い。
熱が出る、体がだるい。

双樹は陽の当たる窓際のベッドで、布団の中に体をうずめていた。
「..とと、ごめん。 太陽が動いてきたんだな、眩しいだろう。」
沙羅は、もう幾度となく替えた双樹の額に乗るタオルを交換し、
忙しく窓のカーテンを閉めるために立ち上がった。
「いいよ、沙羅ちゃん。もう少し、お陽様の光を浴びたい...」
「だめだよ、熱があるんだから。 のぼせちゃう。」
双樹の顔に、沙羅の影が延び、カーテンを閉めるとすぐにその影は不鮮明な物になる。
「もう、だい…」
---けほっ!
「ほら、無理するな。 治ったらいくらでも日光浴できるさ。」
「あ…けほっ!ありがとう、沙羅ちゃん。」
赤らめた頬は、太陽のせいか、熱のせいか。
双樹は布団をかぶり直して、林檎のような顔を半分近く隠した。
「お粥を作ってくるよ。おとなしくしてなよ。」
返事を待たず、沙羅はドアを静かに閉めた。
暖房の届かない廊下は、肌寒い。
まして、太陽の熱と双樹の熱気がこもった部屋から出たなら、なおさら。
沙羅は冷たい空気を肺にため込み、ゆっくりと放出した。
…ちょっと、疲れてるかな。
声には出さない。
双樹に聞かれると、恐縮するだろうという配慮と、自分のプライドを守るためと。

“白鐘”
僕は2度3度と表札を確認してから、控えめに扉を叩いた。
ドアホンは扉の横にきちんと備えてあるし、別に壊れてもいないのだけど。
風邪を引いた女の子が寝込んでいると知っていて、ドアホンを鳴らすのは、ちょっと気が引けた。
………
控えめ過ぎただろうか。 返事がない。
もう一度、扉を叩く。 手をかけようとして...扉が動いた。
僕は束の間考えてから、静かに扉を押し開けた。

玄関に、湿り気を帯びた空気が満ちている。
甘く、香ばしい香りをたたえた空気が、僕の鼻を真っ先にくすぐった。
廊下をはさんで斜めむかいの扉の奥からは、かすかにくつくつとという音が聞こえてくる。
僕は思わずその匂いにつられて身を乗り出した。
と、その甘い香りが突然増したかと思うと、目の前に沙羅の姿が現われた。
思わず、二人は互いを見たまま固まり、ややあって沙羅が口を開いた。
「...なんだ、いつのまに来たんだ。 チャイムを鳴らせばいいのに、水くさい。」
...素直に‘いらっしゃい’という言葉が出ないのは、いかにも沙羅らしい。
僕は簡単に状況を説明して、家に上がらせてもらった。
「お茶いるか?」
「いや、ありがたいけど。その前に双樹の様子を見ようかな。」
実際、急いできたものだから、のども結構渇いていたけど、
僕はとりあえず、優先すべきことを優先した。
「そうか、ちょうど良かった。 おかゆを持っていく所だったんだ。」
沙羅は、待ってろと言い残して、さっきの部屋へと引き返し、
僕は「重たいから僕が持とう」とその後ろ姿に告げて、その後を追った。

熱があると、平衡感覚がおかしい。
ぐるぐると、めまいにもにた感覚がずっと頭に残っており、
ちょっと寝返りを打つだけでも、何だかとても疲れてしまう。
だからだろうか。ドアの開く音がしても、双樹はすぐには頭をこちらへ向けなかった。
でも、耳に‘複数’人の足音を感じ取った双樹は、少し遅れてゆっくりと、僕の方を向いて。
途端に、顔をぱっと明るくした。
「あ、お兄さんだ♪」
喉が痛いのだろう、すこし枯れた声でそう言って、体を起こそうとする双樹。
口調は明るくても、顔はちょっと辛そうで、僕はあわてて手にもっていた鍋を
沙羅が引っぱってきたサイドテーブルに置いて背中を支えた。
背中に触れた左手が、想像以上に熱い。
「ほら、おかゆだ。少しは食べろよ。」
テーブルに置かれたお粥を茶碗に移し、沙羅が双樹に手渡す。
双樹は、器は受け取ったものの、匙に手をつけようとしない。
その変わり、と言うのだろうか。 妙にみずみずしい双樹の双眼が、僕をじっと見つめた。
「…」
小さく動いた唇を読み取って、僕は苦笑しながらも、双樹のかわりとなるべく、匙を取った。
「ほら、口開けて。」
すねた沙羅がちょっとだけ、僕の背中をつねったけど。
今日ばかりは、立場の違う双樹のために、がまん。

僕は流しに立って器を洗っている。
沙羅は体面カウンターの向こうでソファーに座り、紅茶を手にしている。
やっぱり、まだ少しすねている。
しっかりものの、お姉さん肌の沙羅だけども、根は結構甘えん坊だったりするから。
僕は、そんな事を二人とだいぶ親しくなってから始めて気付いた。
僕は蛇口を閉めて、黙りこくった沙羅の隣へ座った。
「すねないでよ。 しょうがないだろ?」
ティーポットから自分のカップに紅茶を入れる。
いつもなら、なにも言わずに砂糖の瓶をこちらによこしてくれるのに。
今はなにも言わずに、何もしなかった。
「…でも、なんか。悔しくて、な。…」
僕は仕方なく、テーブルの向こう側から角砂糖を一個取り、自分のカップに入れた。
ティースプーンは、沙羅が手渡してくれる。
なんだか、そのギャップが可笑しくて、僕はくすりと、忍び切れなかった笑いを
漏らしてしまった。
「おかしいか?」
「いや、悪かった。双樹にだけやさしくするのは、不公平だったね。」
紅葉を散らしたような沙羅の頬を、洗い物ですっかり冷えてしまった指先で撫でると、
温かくて、滑らかで、柔らかい、感触が指先に伝わる。
ふと、さらに温かい物で突然手がくるまれたと思って見ると、頬を撫でていた僕の左手を
沙羅が両手で優しくくるみ、自分から僕を引き寄せているのだった。
しばらく、そうやってじゃれ合って、途中ぽつりぽつりと会話など挟みながら。
気付くと二人は、暖かい部屋と暖かい紅茶のせいで、うとうとと、
微睡みの世界へと引き込まれていた。

水面に浮かぶ木の葉のような浮き沈みを数回繰り返し、僕はふっと眠りから覚めた。
時計を見ると、もう40分ほど針は進み、窓から差し込む光はだいぶ低くなっている。
隣にいたはずの沙羅はいない。
代わり、だろうか。大きな熊のぬいぐるみが僕の頭を支えていた。
お日様の匂いと沙羅の残り香が残るようなぬいぐるみを、ちょっと名残惜しい気持ちで
手放しつつ、僕はぐるりと回りを見渡して沙羅を探した。
沙羅の姿はない。
僕は束の間考えて、双樹の所にいるのだと、思い当たった。
思いつきで、熊のぬいぐるみをきちんとソファーに座らせてから、僕は部屋を抜け出した。

フローリングの廊下からの放射冷却で、廊下は先ほどよりなお寒い。
その冷たさから逃れようとして、結局僕は階段をそろそろと爪先立ちで昇ることになる。
一つだけ、少し開いたドアがある。
そこから、ややオレンジがかった光のリボンがまっすぐに伸び、廊下に光のじゅうたんを敷く。
そのじゅうたんに足をかける頃には、部屋の中での会話がわずかながら聞こえる。
なんともなしに耳に入るそのささやかな声を聞いて、僕は思わず足を止めた。

「え?」
沙羅は思わず問い返した。
峠を越したとはいえ、まだ熱のある双樹の声は、なにかくぐもって良く聞こえなかった。
おまけに何か寝ぼけたような状態で話すものだから、なおのこと。
沙羅は自分の左耳をぐっと枕に近づけて、もう一度双樹が言葉を発するのを待った。
「...だから....」
「...だから?」
「...沙羅の元気、私にちょうだい?」
1拍半の間をおいて、沙羅が言った。
「..........しょうがないな。」

…元気をちょうだい?
僕は双樹の意外な申し出に、首をひねった。
いったい、どうやって元気を分けようというのか。
しかも、沙羅はなんの疑問も持たず、それに答えようとしている。
話の区切れ目を見て、部屋に入って行こうと思っていた僕だが、ついには
入るタイミングを逃してしまい、そのまま待ちぼうけを食らう事になってしまった。
...端から見たら、女の子二人の会話を盗み聞きする男にしか見えないだろうけど、
なんだか体が動かない。
否。
‘動かない’のではなく、‘動きたくない’。
なんだかとても悪い事をしている気がするけど、良心より、好奇心のほうが
今は心の大半を占めていた。
そっと、物音を立てないように、ゆっくりと。
なまけものより遅く、獲物を狙うチーターより慎重に。
身を乗り出して、扉の隙間の中に顔を押し込む。
少々無理な態勢をがまんして、ぎりぎり右目だけが室内を見渡せるようにする。
そして僕は、文字通り息を飲んだ。

口づけ?
脳裏に浮かんだ言葉を、僕はしばらくの間信じる事が出来なかった。
でも、それが答えだ。
だって、目の前で。
本当に。
行われているのだから。
フレンチ・キス...というには軽めだけども、時間としては、かなり長く感じた。
妙に高鳴ってしまった心臓がシンコペーションを刻む。
跳ね上がった血圧のおかげで、がんがんと頭痛もする。
そんな状態だから、実際にはほんの数秒かもしれないけど。
二人が名残惜しそうに口を離す時、僕もいっしょに、詰めていた息を細く、吐いた。
そして、沙羅の視点がこちらへ移らないうちに、僕はそそくさと首を引っ込めて、
壁を背中で這うように立ち上がる。
1歩半、摺足でドアから離れ、身なりを整えてから、僕はささやかなアリバイ工作のために、
2、3歩わざとらし足音をたてて、部屋に入った。
「ごめん、寝ちゃったみたいだね...。」

二人のかわいい女の子を両手でまとめて抱きしめて。
ぼくの気持ちは9割9分いつも通りだったけど。
1分だけ、驚きと困惑が残っていた。
...もっとも、両側から、二人にキスされた時には、もうどうでもよくなっていたけど。

咳が出る、喉が痛い。
鼻が出る、くしゃみが辛い。
熱が出る、体がだるい。

僕は陽の当たる窓際の席で、黒板にチョークの当たる小気味良い音をBGMに
明後日の方向を見ていた。
朝方、突然鳴った携帯電話が頭の片隅に引っかかり、どうにも
授業を落ち着いて聞いている気にはなれない。
…家で寝ているはずの、沙羅の状態が気になって。

……また、今日も似たような1日が始まる。

“Melt with Hi-fiver,Hi-tenshon.” Fin.

後書き
なんとか、〆切には間に合いましたね。
やっぱ、慣れないのは書きにくいです...。
しかも、双恋書くの始めてですし。 沙羅双樹が一番好きなのですよ。私は。
というわけで、ご希望に沿えましたでしょうか?

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