ドゴッ!
「時には憧れの人のように」
〜Like a sweetheart, occasionally.〜
景太郎の後頭部を、鈍い衝撃が走った。
今朝は素子ちゃんに斬られることも、なるに追いかけられることもなかったというのに、
どうも僕は毎朝なにかしらの不幸が待ち受けているらしい。
景太郎は何かにどつかれた頭をさすりながら、後ろを振り返った。
「あー、あかん! コードが抜けてもうた!」
下をみると、足元には何かコードのからまった、鉄屑、もといメカタマが、
文字通り‘ひっくり返って’いた。
「スゥちゃん、何してんのさ?」
ばたばたと駆けよって、スゥちゃんはメカタマを回収した。
「しのぶちゃんからの伝言を伝えよう思ったんやけどな。あかんかった。」
「なにもメカタマを使わなくても、直接言えばいいのに...」
自分の代わりというならいざしらず、有線制御のロボットを使う必要は...
「ほれ、これや。」
景太郎の頭をかすめた言葉は、スゥちゃんにあっさり止められた。
スゥちゃんがそう言って差し出したのは小さなピンク色の便箋。
景太郎は差し出されるまま、便箋を開いた。
『センパイへ。 今日、よろしければ、一緒に出かけませんか?』
「...これだけ?」
「そ。これだけや。 ほな、しのぶは部屋におるさかい、向かえにいったり〜。」
そういうと、スゥちゃんはまたバタバタとどこかへ行ってしまった。
何が何やらわからぬ展開にしばらく呆然としていた景太郎は、
手に握られたその便箋にちらりと目をやり、意を決して廊下を歩き出した。
ドアにかけられた、“しのぶの部屋”というドアプレートに気圧され、
景太郎はノブに手をかけるのを数秒ためらった。
静かに息を吸い込んで、そろそろとノブをひねる。
「...しのぶちゃん...?」
小ざっぱりと整理された部屋の中、しのぶちゃんは熊のぬいぐるみを抱えて
ベッドの上に寝転がっていた。
...丁度、景太郎のいる入り口側に足を向けて。
誰もいないと思っているしのぶちゃんのは、あまりにも無防備で。
「....しのぶちゃ.....(!!!)」
「え、わ! セ、センパイ!!」
景太郎の声に気付いたしのぶちゃんは、跳ねるように飛び起きて姿勢を正す。
「....何か見ました...?」
「い、いや。何も。うん。」
口で行っている言葉より、真っ赤になって弁解するその表情そのものが
全てを如実に語っている気がする。
何を語っているかは、聡明たるこの小説の読者なら、
まして原作をご存じのあなたなら大方想像がつくはずである。
その物言いに、しのぶちゃんもどこか釈然としない様子。
勿論、当のしのぶちゃんも、頬はもとより首筋まで赤くなっている。
「まぁ...いいです、センパイなら。」
恥ずかしいのか、わずかに視線をそらしながら、しのぶちゃんは立ち上がって
パタパタとスカートを直した。
「さ、センパイ。行きましょうか?もう用意も済ませてあるんですよ。」
そばに置いてあったハンドバッグを手に取ると、もう準備は万端。
よくよく見れば、唇にはピンクのリップが薄く差されていた。
「う、うん。わかった。 行こうか。ちょっと玄関で待ってて。用意するから。」
景太郎はそういって、ほとんど形ばかりの準備をしに、自室へと歩を向けた。
歩きながら、そういえば、誰も僕の予定を聞いてから話を進めなかったな、と気付き、
それだけ僕は暇人に見えているのか、と景太郎は苦笑した。
そんな事を思っても、満更でもない景太郎は喜々として用意にとりかかった。
男がポッ、と思いついたように出かけるとき、実際大した用意はいらない。
せいぜい鍵やら携帯電話やら必要なものをまとめて小さな鞄に放りこんだり、
人によっては鞄すらもたないで行く人もいるだろう。
景太郎も類に漏れず、そのパターンで、ちょいちょいといくつか物を鞄に入れて
オーバーを羽織るだけで部屋を出た。 何を考えたか、ノブをひねる直前に鏡を覗き込んでみたりしたのは、
ただの気紛れかもしれない。
玄関では、しのぶちゃんがスニーカーの爪先を軽く床に打ちつけて具合を整えていた。
うつむき加減にバランスをとっているその姿が、玄関からの逆光に照らされてシルエットに映る。
こういうシーン、見ていて飽きない。飽きないというか、かわいくて見とれるというかなんというか。
「センパイ?行きますよ。」
しのぶちゃんの声に押され、景太郎もあわてて靴を履く。
冬ではあるが、外は晴れ。太陽の光が惜しみなく降り注ぎ、風こそ冷たいものの、
陽の当たる背中はぽかぽかとあたたかかった。
「あったかいね、今日は。」
「本当ですね。 こういう日は一日中外で日光浴したくなります。」
「それもいいかもね。 ただちょっとまだ風が冷たいかな...」
道沿いに時折吹き込む風が体をなぜると、とたんにオーバーの襟を少し立てたくなる。
「そうですか? 私はもうこの位なら平気ですよ。」
しのぶちゃんはにっこり笑って景太郎の袖を引く。
「だから、こうやってお買い物に誘ったんじゃないですか。 あ、ほらこっちです。」
いつもの買い物場所より遠出して、駅前の賑やかなデパートに入った。
「今日は洋服を見たいんですよ。でも、夕飯の買い物もしなくちゃならないし、
一人で来たら持ち切れ無さそうで。 センパイが来てくれて、嬉しいです。」
デパートにはもう春物の洋服が目移りするほど並び、人も多い。
「別に、かまわないよ。 手伝う事があったら、いつでも言って。」
「すっごく、ありがたいです。さぁ、今日はいっぱい買いますよ。」
しのぶちゃんの宣言は、本当だった。
ワンピースに帽子に上着。他細々、と結構な量の服をあれやこれやと悩みながら買い、
その上さらに夕飯の材料。人数が人数だから夕飯の材料と言えども半端な量じゃない。
二人で行ったにもかかわらず、両手にいっぱいの荷物を抱えることになってしまった。
「うっ....(お、重い...)」
しかも、景太郎が持っているのは全て夕飯の材料。勿論、景太郎の方が重い。
対して、洋服を、しかも自分が買いたくて買った服を持っているしのぶちゃんの
足取りの軽やかなこと。 来るときには寒いと言っていた景太郎も今は額に汗がにじんでいる。
「しのぶちゃん、お茶飲んで行かない?」
景太郎は、まったく自然にそう言った。
「え、あ、はい!行きましょうか。」
振り返ってそう返事したしのぶちゃんが、妙に嬉しそうに、妙にかわいく見えた。
窓の外を歩く人の波は、衰えていない。
歩く人は皆、コートやマフラーをして、まだまだ外が寒いことを感じさせた。
「急に冷えてきましたね。 今夜は雪かもしれないです。」
両手でマグカップを持って、しのぶちゃんが湯気の立つココアを口にする。
「雪か...。帰ったら庭の荷物を中に入れないとなぁ。 ...熱っ。」
思いがけない熱さに、反射的にコーヒーを口から放す。
「センパイ、今日はありがとうございました。」
「え、あぁ、どういたしまして。がんばって、荷物を持って帰らなきゃね。」
「そうですね。」
しのぶちゃんの言葉が、わずかに途切れた。
「嬉しいんです、スゴク。 センパイと、こうやって恋人みたいな事、したかったんで。」
寒さで薄紅くなっていた頬を、また少し赤らめて、しのぶちゃんが告げた。
景太郎の言語回路が、返事の言葉を構築できずに、固まった。
「...」
「......」
「..........」
「............」
「................ごめんなさい。 変な事、言いましたね。」
「....いや、とんでもない。大歓迎だよ。」
なかなか持たない間を無理やり埋めるように、景太郎としのぶはそろって飲み物を口に運んだ。
その帰り道。
しのぶちゃんの予想通り、空には鉛色の雲がじわじわと流れ込んできた。今夜は雪らしい。
これほど急に気温が下がるとは思っていなかった景太郎は、手袋の一つも持ってきていなかったため、
荷物を持つ両手は赤く、冷たく凍えていた。重たい荷物を支える袋の紐が、ちょっと痛い。
「ねぇ、しのぶちゃん。」
ひなた荘ももうすぐ、という所で、景太郎は不意に呼び止めた。
「はい?」
重たいのを覚悟で、景太郎は右手の荷物を左手に持ちかえた。
空いた右手を、しのぶちゃんの首元に伸ばす。
「ひゃうっ。冷たいです。」
「あの、その。しのぶちゃん、さっきの話なんだけどさ。」
歩を止めたまま、しのぶちゃんが微かに困惑の表情を浮かべる。
「さっきの。恋人みたいな事、って話。」
「あぁ。どうかしましたか?」
「あれ、なしにしない?」
しのぶちゃんの表情が、固まった。
「わ、待って待って。最後まで聞いてよ。 そうじゃないんだ。あのね。」
下手をすれば泣き出しそうになるしのぶちゃんを、なだめる。
「恋人みたいな事、じゃなくてさ。 恋人、にしない?」
さっきのように、今度はしのぶちゃんの方が返事の言葉を返せなくなった。
「なろうよ。恋人に、さ。」
空から舞い落ちた一粒の雪が、熱くなったしのぶちゃんの頬に触れて、溶けた。
景太郎がそっとその雫を舐めとる。
「ひゃうっ!」
しのぶちゃんが、思わず体をちぢこめた。
景太郎は、紐が食い込んで痛む左手も構わず、その肩を右手で抱き寄せて。
縮こまった体をほぐすため。
キスを一つ、まぶたに落とした。
これは、しのぶの誕生日も近づいた、ある日の話。
時には憧れの人のように〜Like a sweetheart, occasionally.〜 Fin.
後書き
ふぅ。
年内に書き上げようと思ったら、えらくぎりぎりになりました(汗
今2003/12/31 10:45です。
かなり甘ったるくなりましたね...。
編集長、基!hiroakiさん、遅くなりました...。m(_ _)M
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