「Get on glove with happiness.」
元旦は過ぎたとはいえ、ホグワーツを取り巻く空気はきりきりと冷たい。
鈍色の雲が空を覆い、薄灰色の雪が降り積もるような日は、なおさら。
雪は庭を歩くロンのコートにも容赦なく降りかかり、綿のようでいて
少々べとついている雪は、厚い布越しに伝わる自分の体温でじわじわと
液体へ姿を変えていく。 水がコートに染みないうちにロンは
ばさばさと手で雪を払うが、屋根の下へと入るつもりはないらしく、
そこを動く気配はない。 枝がややしなるくらい雪を抱えた常緑樹を
見上げ、その枝と、ちらちらと見え隠れする雪と、その向こうの雲越しに
かすかに透ける太陽とおぼしき光をじっと見つめていた。
ただでさえ、生徒の少ないこの時期。この雪降る中、
一人で雪にまみれながら外にいる生徒なぞ、他にいるだろうか。
ましてや、自分のように卒業を間近に控えた人間なぞ。
雪が降り積もる音が聞こえてくるような気がしたロンは、白い息を一息吐いて、
耳を澄ませた。 意外にも、耳に届いたのはしんしんとした音なき音ではなく、
遠くかすかにさくさくと、雪を踏みしめる音だった。
かさり、と雪が落ちる音を聞き、そちらに顔を向ける。
ちらと脳裏に浮かんだ予感の通り、傍らの木陰から見えたのは、金色の髪。
ハーマイオニーだった。
「見つけたわ、ロン。」
「よくわかったね、僕がここにいるって。」
「馬鹿言わないで。 散々歩き回ったわよ。」
口調こそ厳しいが、顔は怒ってない。 むしろ、楽しんでるくらい。
無彩色の景色に一人いる赤毛は思いの外目立つ。ロンの姿だけが誇張されて
視界に飛び込んでくるようで、ハーマイオニーは思わず目をそらした。
...いくら自分のコイビトとはいえ、少々気恥ずかしくて。
「何してるの、こんなところで。」
そっとロンの隣に潜り込み、ハーメイオニーがきゅうとロンの腕を抱きしめる。
「春が近いなあ、って感じてたの。」
妙に女々しい言い方と、それに反して大まじめなロンの顔に、
こらえ切れなかった忍び笑いをくすりとハーマイオニーがもらす。
「おいおい、歩く百科事典さん。 降ってくる雪質を見れば、一目瞭然じゃないか。」
百科事典という呼び方に少々むっとしたハーマイオニーが反撃を繰り出す。
「そうね。ちょっとパウダースノーとは言い難いから、上空の気温が高いんでしょうね。
あぁ、知ってる?ロン。 極東の豪雪地帯には、7種類の雪が降るそうよ?
実際にはもっと多いらしいけど。」
こな雪、つぶ雪、わた雪...と指折り数えて説明しようとするハーマイオニーの声を
あわててロンが遮る。
「わぁ、ごめん、ごめん! あからさまに嫌みだろ、その喋り方!」
「わかっていただけてうれしいわ?」
そういって、ハーマイオニーはロンに笑いかける。この微笑みにロンはなすすべもなく。
ハーマイオニーの頬は、冷たい外気にさらされて逆に赤みが差していた。
それに気づいたロンが、そっと指でハーマイオニーの頬をなでる。
「寒いんだろ。ほっぺたが冷たいよ。」
「あなたこそ、寒くないの?」
「丈夫にできてるから、大丈夫だよ。」
でも..と前置きして、ロンが続ける。
「少し、温めさせてもらえると嬉しいな。」
ロンはそういって、返事も聞かないままハーマイオニーの唇に顔を寄せた。
予想外の行動にわずかに体を硬くしたハーマイオニーだが、すぐに体を預ける。
心臓が早鳴りし、血圧がわずかに上がる。頬の赤みがわずかに増した。
「...っ、そういう事は場所を考えて、って言ってるでしょ!」
唇の拘束を解かれるやいなや、ハーマイオニーは切り返した。
「誰もいやしないよ、こんな所には。」
「そういう問題じゃないでしょ!」
そんな舌戦を繰り出しながらも、ハーマイオニーの顔は満更でもないようだ。
頬を手で押さえて、ハーマイオニーが言う。
「もう、なんだか熱くなっちゃったわ。」
「鴛鴦夫婦の呼び名を欲しいままにしている僕らが何を今更。」
「自分で言ってどうするの!」
おどけたように瞳を動かすロン。そのおでこにハーマイオニーの手が伸びる。
グーで小突かれたおでこをさすりながら、ロンがハーマイオニーの左手をとる。
手が冷たいね、とかなんとかつぶやきながら、いつのまにやらポケットから取り出していた
手袋を、ハーマイオニーの手にはめていく。
「ちょっと、貸してくれるのは嬉しいけど、はめるくらい自分で出来るわよ!」
抗議の声もさっぱり無視して、ロンはもう片方も同じように手袋をはめる。
「はい、完了。」
「.....ありがとう。」
なんか調子狂うわね、などとつぶやくハーマイオニーの頭をロンはぽんと撫で、ついでに
コートの雪を払い落とした。
「行こうか、そろそろ。」
「そうね。 温かい紅茶でも淹れましょ?」
歩きにくい雪の上とはいえ、廊下までは3分もかからない。
降り積もる雪をさえぎる屋根の下にもぐりこむとすぐ、
ハーマイオニーは二人の湿った髪と、水の染みたコートを魔法で簡単に乾かして
右手の手袋をはずした。
「手袋、ありが....」
ハーマイオニー言葉が途切れた。ま、そりゃそうだろうな、とロンも思う。
しらばっくれたように、表情には出さないけれども。
ハーマイオニーは残った左の手袋をはずしたが、"全ては取りきれなかった"。
というよりそもそも、ロンがはめたのは"手袋だけではなかった"。
するり、と左手の手袋を抜き去ると、薬指には見覚えのないシルバーのリングが
輝いていて、青色を呈した宝石が、小さく、美しく配置されていた。
「君は、9月生まれだから。」
ハーマイオニーの思考を見透かしたようにロンが言う。 サファイアは9月の誕生石だ。
驚きのあまり声も出ず、ハーマイオニーの目線はロンの顔と指輪を、2度、3度と往復した。
やっと、視線がロンの顔に落ち着いたのを見て、ロンも覚悟を固める。
裏返り、かすれそうになる声を無理矢理押さえ込み、
オーバーワークでひっくり返りそうになる心臓を諫める。
「卒業したらっ....ぼ...僕の所で....」
まだ驚きを取りきれないハーマイオニーの瞳が潤んでいく。
珍しく、ロンの方から近づいてハーマイオニーを腕に抱きかかえる。
「僕の所で、ずっと暮らさないか?」
耳元で囁いた。
返事は聞こえなかった。
ただ、ただ、必死にうなずく感触がロンの肩に2度、3度と伝わるだけ。
乾かしたばかりのコート地が、またしとしとと濡れていく。
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪 春待つ氷雪
天の宝石との呼び名も高い、
雪の結晶に思いを託して。
Fin.
後書き
えーっと。このプロポーズ方法は2005年の年末に見たテレビ番組からいただきました。
こいつを実践する勇気はありませんが、雰囲気はいいな、と思って。
元々は、手袋をはめてあげたあと、男はすぐ電車に乗り込むというシナリオなのですが、
そいつをホグワーツ特急とかでやるとストーリーの構成が難しくなるので、校内での話に変更。
そいつに付随して、何か特徴的な雪の表現を模索して出てきたのが、「こな雪 つぶ雪...」。
これに関しては、「津軽恋女」(作詞久仁京介・作曲大倉百人・唄新沼謙治)
より引用しました。 太宰治も似たようなセンテンスを作品に残していますが、これとはちょっと違います。
当初の予定では、もうちょっとあっさり終わるつもりだったんです!
キスシーンを入れる予定なんてなかったのに、ストーリーが展開するにつれ、
二人が勝手にそんな雰囲気になってしまうから!(←登場人物に責任転嫁してどうする)
久々の裏更新と相成りました...。
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